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第47話
そこは、薄暗く見慣れない場所だった。
優木 が座らされているのは、緩く弧を描くように配置されたソファだ。
(え?キャバクラ?)
日本では同性相手の風俗店の経験しかない優木だが、上海では、日本から出張で来る上司の接待などで、「そういう」店にも何軒か行ったことがある。
そう気が付いて、ゆっくり周囲を見渡すと、優木は確信を深めた。
暗い照明の向こうに、カウンターが見える。そこには止まり木と呼ばれる背の高いスツールがある。カウンターの向こうの壁には何種類もの瓶が並び、キラキラと光るクリスタルのグラスも見える。
(バー?…なんでここに?)
その時、何か空気が変わった気がした。と、いうより、優木を取り囲んでいた黒づくめの男たちが、一瞬で緊張したように、優木には感じられた。
「コンニチハ、ユウキ、サン」
男たちの背後から、片言の日本語が聞こえた。
突然、優木の頭に、小敏 の言葉が鮮明に浮かび上がった。
(父はボクを溺愛していて…。ボクに同性の恋人がいるなんて分かったら、きっと優木さんの命が危ない)
優木は背筋が凍り付いた。
(アレか、例の軍の機密情報ってやつなのか…)
〈怖いか?〉
ドスの効いた低い中国語に、優木はギクリとした。男たちの背後で守られるように、男が1人、止まり木に座っている。その少し年かさの男の声だった。
「怖いか、優木、真名夫 …」
優木の近くに立っていた男が、全くクセのない流暢な日本語で同じ言葉を繰り返した。
「この状況じゃ、怖くない方が変ではないですか?」
震える声で、気丈にも優木は言い返した。
「確かに」
フッと笑った男を見上げようとして、優木は反対側から伸びた手で頭を抑え付けられた。
「およしなさい。顔を覚えてしまっては、帰れなくなるかもしれませんよ」
笑いさえ含んだ声で、優木は脅された。
(帰れなくなるって…、こ、殺されちゃうのか、俺?)
動揺する優木だったが、周囲の空気は先ほどのようなピリピリしたものではなくなったように感じた。
(こ、こんなに気さくな感じで、消されるのか…)
優木は、恐怖心も振り切れたのか、妙に冷静に自分の死を、すぐそこに感じていた。
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