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第48話

「ここはどこですか?手錠をされているということは、私は逮捕されたのですが?」  早口に問い(ただ)優木(ゆうき)の日本語を、止まり木に座った、明らかに権威のありそうな男性の横に立った黒い服の男が耳打ちで通訳している。 「逮捕されたのなら、上海総領事館に連絡してください!弁護士と通訳をつける権利があるはずです」  海外に住む日本人を守るはずの領事館の事を口に出したことで、優木は急に強気になった。 「逮捕されたのなら、どうして司法機関ではなく、こんな店に連れて来られたのですか!」  聞き取れないほどの小さな声で、止まり木の男が何かを言った。 「黙った方が賢明ですよ、優木さん」  通訳の男は、冷ややかにそう言った。 「……」  顔を見るなとは言われたが、確かに、優木の左右に立つ黒装束の男たちはサングラスをしているが、数歩先に居る通訳の男は顔を隠していない。  優木はソッと床に視線を這わせて、そこに見える脚の数を数えた。  止まり木のリーダー格の男以外に、まだこの店内にはあと2人いる。  何も知らない、平凡で、むしろ冴えないサラリーマンの優木1人を拉致監禁するのに、意味有りげな黒装束の男たちが5人掛かりとは驚きだ。 「優木さん。確かめたいことがあるのですが」  通訳の男が口を開いた。 「あなたは、ゲイですか?」 「は?」  あまりに率直な質問に、優木は一瞬意味が分からず、間抜けた声を上げた。 「美しい青年を愛する性的嗜好を持っていますか」  優木は、これが何を意味するのか、分かってきた。  あのアイドルのように美しく、可愛らしく、妖艶な、「羽小敏(う・しょうびん)」を愛してしまったことを、非難されているのだ。  青ざめた顔で、優木はゴクリと生唾を飲んだ。 「いえ、誰でもいいのではなく、俺は『羽小敏』という青年が好きなだけです」  震える声で、けれど、出来得る限りにキッパリと優木が言った。その途端、誰も、何も言わない、動かない、それなのに、優木にはその場の空気がざわついたように感じた。  黒スーツの間から、止まり木の紳士が、通訳に耳打ちしたのが優木にも見えた。 「優木さん、それが事実なら、ちょっと面倒なことになりますね」 「…わ、悪いことはしていないっ!」  青い顔がますます血の気を失い、白くなっていくが、それでも優木は引かなかった。  そんな優木を前に、男たちの動揺は消えない。その中で、唯一、通訳の男だけは何かが違った。優木がそっと目だけを動かすと、通訳の男が離れたところで薄く笑っているように見えた。 「優木さん。我が国では、それは『悪い事』なんですよ」 「!」  通訳の男は、止まり木の紳士の言葉ではなく、自分の意志で優木にそう伝えた。

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