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第49話

 背中が凍るほど怯えながらも、優木(ゆうき)は引き下がるつもりは無かった。 「優木真名夫(まなぶ)さん。あなたは真面目で優秀な日本のサラリーマンです。上海に赴任して3年になりますね。そろそろ本国が懐かしいのではありませんか?」  優木は、この通訳の男も中国人だとは思うが、あまりにもその日本語が流暢で、賢い小敏(しょうびん)を思い出させる。 「帰れるように、して差し上げますよ」  男の言うことが、強制送還を意味するのだと直感した優木はゾッとした。  領事館に聴取され、会社に知られてクビになり、日本に落ち着ける場所が無くなることよりも、優木は何よりもカワイイ羽小敏と引き離され、2度と入国できずに彼と会えなくなることの方が、ずっと恐ろしいことに思えた。 「こ、恋人を残して、帰れません!」  思い切って優木は叫んだ。  その瞬間、優木は首の後ろを掴まれ、引き上げられたと思ったがそのまま床に叩きつけられた。 「!」  後ろ手に手錠を掛けられているため、手が付けなかった優木は、顔から床に倒れ込むことになり、額を打ち付けた。  それでも、こんな痛みより、小敏を失う痛みの方が今の優木にはツラかった。  そんな優木の頭の上で、カチャリと金属の音がした。 (も、もしかして…銃とか…ですか?)  殺されることも覚悟して、優木はギュッと目を瞑り、体を硬くした。 「優木さんに、恋人はいません」  止まり木の紳士の隣に居たはずの通訳が、いつの間にか優木に頭の真横に立っていた。 「認めて下さい、優木さん。あなたに、羽小敏という恋人はいませんね」  そう言って、男は靴の先で優木の後頭部を突いた。 「……」  優木は悔しくて唇を噛み、頭の中は愛しい小敏でいっぱいだった。 (イヤだ、イヤだ…。このままシャオミンと会えずに死ぬなんてイヤだ)  男は、もう一度優木の頭をコツンと蹴った。 「もう一度言います。あなたと羽小敏は何の関係も無い。見知らぬ赤の他人だ」 「違う!」  ほとんど反射的に優木は答えていた。 「ほう…。これほど頑固な方とは思いませんでした」  通訳の声が冷ややかに響いた。 「なら、今ここでお決めなさい。生きてこの国を出て2度と戻らないか、この店から自分の足で歩いて出られなくなるか」  男は回り込み、急にしゃがみ込むと、優木の顔を覗き込んだ。優木が翳む目で見たその男は、ハッとするほどの美男で、どこか優木の恋人に似ていた。 「若い男が好きなら、他にもいくらでもいたでしょうに。よりによって、『彼』と出会うとは、不運でしたね」  嘲るような男の言葉に、優木はハッキリと言い返した。 「俺とシャオミンとの出会いは『不運』なんかじゃない。俺たちは出会い、愛し合う運命で、出会えたことは最高の幸運だった!」  もう一度、頭上で金属音がした。 (撃たれる!)  優木がそう思い、目を瞑った瞬間、止まり木にいた、この場の支配者が立ち上がった。

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