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第10話

「悠、お前今日、家へ来るなよ」 「え?」 時が少し過ぎて十一月。 大いに盛り上がった体育文化祭は、悠たちのクラスが総合優勝を勝ち取った。 悠が原案の応援幕は、去年と同じ最強タッグが参加したのもあり、とても好評で、生徒会から特別賞をもらった。 そんな祭りの余韻もすっかり消えて、三年生は受験モードに切り替わっている。 実際推薦等の受験はもう始まっており、ぽつぽつと欠席者が出ている。 今日は金曜日なので、清盛の母からご飯の支度を頼まれていた。 いつも通り一度自宅に帰ってから、清盛の家に行こうと思っていたら、帰る間際に止められてしまったのだ。 「おばさんから今日は無しって連絡あったっけ?」 「そうじゃねぇ。だけど、今日明日家には来るなよ、分かったな」 いつもの清盛とは違う雰囲気に、悠は不思議に思う。 何だかそわそわしているが、機嫌の良し悪しが読み取れない。 それに、理由も言わずに来るなと言われたのは、初めてだ。 清盛はそれだけ言って、さっさと一人で行ってしまう。 残された悠は、近付いてきた藤本に声を掛ける。 「何なんだ? あれ」 「あー……口止めされてっけど、俺は春名の味方したいから言うぞ。お客さんが来るんだとさ」 「……お客さん? だったらなおさら……あいつカップの位置も分かってないから、俺がお茶出さないと」 言葉の途中で藤本は手をひらひらと振った。違う、とため息をつくと、ホント鈍いなぁ、と呟かれてしまう。 「井上、今日お泊りらしいぞ」 「…………え?」 衝撃の一言に、頭が追いつかなかった。 親がいない間に異性が泊まるなんて、何があってもおかしくはない。 いやむしろ、何かを致すためにそうしたのかもしれない。 とたんに胃がおかしな動きをした。 慌てて口元を押さえると、藤本も心配そうに顔を覗く。 「ああくそ、清盛の奴……大丈夫か? 何もないかもしれないから、黙っててくれって言ってたんだよ。むしろ怖いのは井上の方で……」 「もういい」 普段の接し方を見ていれば、彼女の方は事を起こす気満々だろう。 それに清盛が流されないとも限らない。 悠は鞄を持つと、足早に教室を出た。 大体、親がいないときにわざわざ泊まろう、なんて言い出す神経が分からない。 自分たちは未成年で、責任は親にある。 何かあったときには自分たちだけではなく、お互いの親を困らせることになりかねないのだ。 「春名、待てって!」 一九〇センチ近くある長身の藤本が、走って追いついてくる。 それでも悠は速度を緩めなかった。 「おばさんに言った方がいいんじゃないか? 面倒見るの、任されてんだろ?」 「できないよ」 悠は唇を噛んだ。 今日のことを清盛がもし望んでいるのなら、邪魔はしたくない。 ここにきて自分が一番、清盛に甘いのだと思い知った。 だからと言って自ら邪魔をしに行くのは嫌だった。 もしそういう場面に出くわしたらと思うと、怖い。 「……できないんだ」 「春名……」 藤本は困った顔をしていた。 そんな顔をさせているのは自分なのに、今はどこか遠いところにいるような気がする。 涼しくなった風が、悠の髪を撫でた。心の中の穴を通り抜けた風は、これから来る冬を予感していた。

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