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第14話
「何でまた就職するなんて考えたんだ?」
急いで帰って清盛の家に行くと、案外すんなりと入れてくれた。
ソファーに腰掛け、詰問するような形になってしまったのは、清盛がぶすくれた顔をしていたからだ。
絵美は二階の自室で休んでいるらしく、身体に障るといけないので、小声だ。
「母さんが倒れて……金を稼ぐ奴がいなくなったから」
「絵美さんはもう一週間したら、復帰するって言ってたけど?」
実際絵美の体調不良は大したことはなく、寝不足と疲れが出ただけで、今はむさぼるように眠っているだけだ。
ぼそぼそと歯切れの悪い喋り方をしているのは、拗ねているからのようだ。
「志望大学だって余裕じゃないか、ここまで頑張ったのに、もったいない。絵美さんもキヨには大学行って欲しいって言ってるし、藤本と3人で同じ大学目指してるだろ?」
「…………」
どうせろくなこと考えてないのだろうけど、聞いたらまた殴ってしまいそうだったから聞かないでおく。
しかし、次の清盛の言葉で、何かが切れた。
「……言うこと聞いたら、付き合えよ」
「は?」
あんまりな発言を聞いたせいか、頭の処理が追いつかなかった。
聞きなおすと、開き直ったのか、清盛は大声で叫ぶ。
「だから、言うこと聞いたら俺と付き合えって言ったんだ!」
正直言ってそれとこれとは話が違う。
反射的に立ち上がって悠も負けじと叫んだ。
「バカ! それとコレとは話が違うだろ! もういい!」
絵美さんに聞こえていたかもしれないとか、もっと色んな言葉で罵ってやればよかったとか、清盛がここまでバカだったなんて、とか考えた。
しかし、言ってしまった言葉はなかったことにはできないし、起こってしまったことは仕方がない。
◇◇
あれから時は過ぎ大晦日の夜。
清盛とは口も聞いてない。冬休みに入る前は、徹底的に避けて一緒に行動しなかったし、藤森にはかなり迷惑をかけたと思う。
休みに入ってしまえば、ご飯係も受験勉強すると言ってなんとか断れば、会わずに済む。
しかし、実際は勉強など手につかず、ごろごろと過ごす日々が続いた。
思ったよりも自分にダメージがあることがショックで、自分の方こそ、清盛に甘えていた部分もあったんだな、と実感する。
そう思ったら、清盛がいないことに少し寂しいと感じる自分がいた。
何だかんだ人嫌いの悠を守ってくれていた清盛。
考えてみればそれは幼いときから変わらず、悠がクラスメイトに暗い奴だと言われていても、側から離れなかった。
「悠ー? 初詣どうするのー?」
階下から母の声がした。
毎年、混む神社には行きたくないので、清盛と穴場の神社に二人でお参りしていたのだ。
でも藤本は海外だし、他に誘えるような人なんていない。
ごろん、とベッドの上で寝返りを打つと、目を閉じた。
『俺が我慢できないの、知ってるだろ?』
そう言ってキスをしたあの瞬間、腰が痺れるような甘い感覚が襲った。
そういう行為が嫌いなはずなのに、清盛だけにはもっと触れて欲しいと思った。
そこでハッと我に返り、自分が恥ずかしい妄想をしていたことに気付く。
「……なにやってんだ、俺」
そう口にしてみるけれど、身体の奥に点いた火は、なかなか消えてくれなかった。
胸の中で勝手に大きくなるそれは、後戻りできないことを悟り、怖くなる。
寂しい、会いたい、自分も好きだと伝えたい。
そんな欲求が押し寄せてきて、溢れて、胸が苦しくなった。今までにない経験で、悠は戸惑う。
「何だよ……これ……」
苦しい苦しい苦しい。
寂しくてこんなにも怖いなんて。
胸を押さえていると、ドアがノックされた。
ドアの向こうで母の声がする。
「悠、キヨくん来たよ? 初詣、行くんでしょ?」
「うそ……」
確か今は絶交中ではなかったか。
今まさに清盛のことを考えていたので、まさか向こうから来てくれるとは思わなかった。
すると、あんなに苦しかった胸が嘘のように楽になり、今度はキュッと締め付けられた。
先程よりも甘い感覚に、またしても悠は戸惑う。
いきなり訪れた清盛を、無視したり、罵って追い帰したりできるはずなのに、反射的に動いた悠は、そんなこと考えもしなかった。
慌てて外で待ってるという清盛のもとへと向かう。
玄関のドアを開けると、ちらちらと雪が降る中、清盛が立っていた。
「バカ、寒いだろっ。中に入ればいいのに」
そう言う悠も、防寒着なんかつけてなかった。
出てきた悠に対して、清盛はへへ、と笑って嬉しそうだ。そして照れたように鼻の頭を掻く。
「……やっぱさ、付き合って?」
今日は大晦日で、もうすぐ日付が変わろうとしている。
それは初詣を意味するのか、恋人になって欲しいというお願いなのか。
どっちの意味? と尋ねると、両方、と返ってきた。
「悠以外と初詣、悠以外の恋人……やっぱりどっちも考えられないからさ」
穏やかな笑みを浮かべた清盛は、いつもより幾分大人びて見えた。
そして、その顔に悠は逆らえるはずもなく、分かった、と答えるのが精一杯だった。
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