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彼氏:アンタ以上に大切じゃないから気にすんな1

pixivの有償で「彼氏視点で本番」というリクエストを受けました。 それにともない、以前までの分を加筆修正(18000文字)してをファンボックスに掲載。 全部をまとめたPDFをBOOTHでダウンロード販売を開始しました。 以下は加筆版の続きになりますが、 攻めが受けに「茄子の置き物」を挿入した後だということさえ分かっていれば大丈夫です。 ---------------------------------------------------------------------- ブランデーを飲むのときに使う、球体上の氷。 アイスピックでそれを作るのが気づいたときには家の中での俺の仕事だった。 ただ、その仕事も球体を作れる製氷機の導入により終わりを迎える。暇になった俺はコンビニで買った氷を壁に投げつけて遊ぶようになった。当時の心境を正確には思い出せない。 氷は最初、硬い音を立てて跳ね返る。 だが、次第に壁のすぐ下に落ちるだけになる。 そして、あるタイミングで全体が砕け散る。 雪玉が壁に当たってくだけるような飛び散り方。 面白かったのか、暇だからか、しばらくそんな遊びをしていた。 子供のころの思い出として頭に浮かぶのは、このことぐらいだ。 面白味のない普通の子供だった。 三栗谷とはそのころに知り合った。 それだけが、俺の普通の人生において「めずらしい」と言えることかもしれない。 俺が壁に氷を投げつけていた横であいつはどこかで拾った薄汚れたテニスボールを投げていた。氷を投げる俺よりも真っ当だ。 二人でいたのにキャッチボールをしようという考えにならず、壁に向かって思い思いに持っている物を投げつけるだけで会話はなかった。 一人と一人が一緒にいても、二人にはならない。 それでも、慰めにはなった。 お互いに自己紹介をしたのも三栗谷がここにはもう来ないと言い出したときにやっとだ。仲のいい友達とは言えない。 縁はそこで切れたのだと思ったが、高校で三栗谷と再会した。 話の流れであのころ二人が攻撃し続けた壁を見に行くことになった。 思い出の場所はずいぶんと治安が悪くなっていた。 柄の悪い奴らが石の下に隠れている虫のようにうごめいていた。 気持ちが悪いと思っていたら瞬きする間に状況は一変した。 頭の悪いイカレ野郎どもは五分ほどで地べたに這いつくばった。 理由はたたひとり不良だ。 鋭い眼光が残像のように脳裏に焼き付く。 薄暗くなっている夕方。 街灯の明かりはあまり届かない場所。 地面に転がった点けっぱなしのいくつかの懐中電灯。 光の筋の中で、血と汗と埃が空気中に舞っているのが見える。 懐中電灯を握りしめたまま、この場を独占していた害虫たちは殴られていった。 不良は立ち上がっていた奴らを全員倒した。 冗談みたいな光景は女の悲鳴でぶち壊された。 これは現実だ。人を殴る音は小さすぎて現実感がなかった。 ドラマのように人を殴ってわかりやすい音は出ない。 そのため、暴力は非現実的だった。 女の悲鳴は生々しい。 目の前のことが現実だと嫌でも理解してしまう。 俺たちのいる場所よりも奥に女が居たらしい。 緊急性の高い頭が痛くなる、女の甲高い声。 三栗谷が懐中電灯を手にして歩いていく。 トラブルに突っ込む気はなかったが、状況は把握しておきたかったので倒れている人間未満を踏みつけながら俺も続いた。 倒れているだけで余力を残している奴がいたら、踏まれないように避けたり、何かしらのリアクションがあるだろう。 合理的に考えた結果だったが、三栗谷は振り返って引いた顔をする。 俺はおかしなことはしてない。 ともかく、不良は女をひいひい言わせていた。 卑猥な意味じゃない。 優しく心配する言葉を女に向けても、女は聞こえないのかひいひい言うだけだ。怯えているのか、不良が一定以上、女に近づこうとすると女は甲高い悲鳴を上げる。 いっそ、そういった装置になっているよう。 座り込んですり傷だらけで服が破れた女と複数の男とは呼びたくないケダモノたち。 夜が更けていないからこその油断から、人気のない場所に女が引きずられてきたのが分かる。 三栗谷がしゃがんで女と話をする。声は小さくて聞こえないが、女は怖いとかそういったことを訴えている。 女を助けるために拳をふるった不良は肩が落ちて、困っていた。 血の気が多くて短気な三栗谷だが、顔面はいい。 強面イケメンとして雑誌で活躍できそうな人種だ。 一騎当千な不良だってブサイクではなく男前と言っていいが、強面すぎるのかもしれない。目つきが鋭い。 人を殴っていた手が近づいてくるのは怖いのかもしれない。 女の気持ちが分からないわけではないが、助けてくれた相手に怯えて礼も言わない。 三栗谷に頬を染めて安心した顔をするのは不快だった。 ショックを受けていて頭が回らない女側の事情があったとしても、気分が悪くなるのは仕方がない。 自分にできることがないと悟ったのか、声をかける前に不良は頭を下げて去っていった。意外と礼儀正しい。 女の安全を守った功労者として不良に一言、声をかけたい気持ちがあったのに言葉は出てこないまま終わってしまった。 四角い氷をアイスピックで突き刺して丸く削っていく最中、失敗して氷を割ってしまったことがある。 突き刺す場所をほんのすこし間違っただけで終わった。 居心地が悪く、後戻りできないもの悲しさ。 不良の後姿に感じた哀愁は、不良から発するものなのか、俺が勝手に付与したものなのか。 緊急事態において、暴力は良くないという基本の話に意味はない。 警察を呼んでいる間に女が暴行されているのを見過ごすのは正しくない。自分に出来ることが通報以外にもあるなら尚更だ。 不良は過剰防衛とは言えない。 相手の人数を考えれば自分の拳ひとつで終わらせたのは偉業だ。 褒められるべき部分が多いのに不良には何も与えられなかった。 社会が公に暴力行為を正当化するべきではないが、助けられた女ぐらいは感謝するべきだ。 女は俺と三栗谷にだけ丁寧に礼を言った。 時間が経過して気持ちが落ち着いたから礼を言える余裕が出てきたわけじゃない。 俺たちがいなかったら、不良に何かをされたと本気で思っていた。 不愉快な話だ。 三栗谷に俺が人畜無害そうだから安心させられたのだろうと言われたが、どう見ても三栗谷のビジュアルの良さのせいだ。 三栗谷も不良側の人種だが、雰囲気がオシャレで話しやすそうに見える。 もちろん、見えるだけで本来は愛想などよくない。 今回のことに首を突っ込んだのは、不良に借りを返すためだという。 借りと言うにも小さすぎるやりとり。 三栗谷は律儀で大袈裟だ。 コーラを飲もうとしたらアイスコーヒーが出てきた三栗谷。 通りかかった不良が別の自販機で買ったコーラとアイスコーヒーを交換してくれると言った。 アイスコーヒーが好きなのかと聞いたら苦手だと答えたという。 不良の手にはアイスコーヒーとコーラがひとつずつすでにあった。 コーラを買おうとして不良も同じ目に合った。 そしてわざわざ別の自販機で目当てのコーラを購入して、コーラが出てこない自販機の横を通り過ぎようとしていたら三栗谷がいた。 アイスコーヒーを前にして困っている三栗谷を見て、不良は自分のせいだと感じた。自分が経験したことをメモでも貼って次の人に注意喚起するべきだったと不良は思ったらしい。 だから、三栗谷が持っているアイスコーヒーとコーラを交換すると提案した。 苦手なアイスコーヒーでも牛乳と砂糖を入れればマシなので、持って帰って家で飲むという。 律儀? お人好し? 健気? 頭がおかしい? 俺としては自販機に記載された連絡先に電話するのが一番いいと思う。 不良も三栗谷も悪くない案件だ。 ともかく、そのアイスコーヒー事件から三栗谷は不良のことを良いやつだと解釈して、大事(おおごと)にならないよう、手を貸しにいった。 この決断は俺が一緒にいたことも大きいと三栗谷は言った。 不良には見えない普通の人間が証言するのは大きなことらしい。 女を警察に保護させた後、三栗谷は地元を牛耳る悪の大将なのだと不良のことを教えてくれた。 俺がおとなしく事情聴取などに協力した理由を三栗谷は察していた。 あるいは偶然か。 ともかく俺は不良に興味を持ち、三栗谷はその情報を提供できるだけの位置にいた。 俺にとって重要な事実はそれだけだ。

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