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#2
いつもは遠くて仕方がないと思う喫煙所までの道のりも、こんな落ち着きのない状態では目と鼻の先だ。
少なからず事情を知っているであろう山内を相手に
ここまで緊張しているようでは、店長を前にした時頭は真っ白だったことだろう。
いいタイミングで出てきてくれた山内に、感謝の言葉をしたためた。もちろん心の中で。
「で、その…。アリスさんなんだけど」
「お、おう……」
近い近い近い。
紙巻きの頃ならば火を言い訳に距離を取れたが、生憎最近は加熱式の機械に変えてしまったせいで火傷の心配など不要だ。
俺は手元の機械が準備完了の合図を出すより前に
ぬるまった蒸気を吸い込み、少量の煙を吐き出した。
「…がいに……なった」
「……………は」
しんと静まり返った空気の中、ブーっと間抜けな音を鳴らす左手のソレを強く握る。
流れは…自然だっただろうか。
ちゃんと、聞き取れただろうか。
もし聞き返されたようなものなら、再度同じ言葉を吐けるだけのメンタルは残念ながら持ち合わせていない。
少なくとも俺の中ではこの世で一番と言ってもいいほど信頼を置いている友人の前ですら、ここまでに恥ずかしいものなのか。
「……かった…」
「え?」
「よかったな!健太!!おめでとう!!」
予想外の反応に山内の方を見れば、キラキラと瞳に涙なんかを浮かべて満面の笑みでこちらを見ていて。
安心しきった拍子に足の力が抜け、崩れ落ちるように側のベンチに腰を下ろした。
「……普通に、怒られるかと思った」
「っははは!なんでだよ?僕は健太が幸せになれるならもちろん応援するぞ!友達ってそういうもんだろ?」
「いやまあ……そうなんだけど」
友人としてではなく、一従業員として。俺のそんな軽率な行為に怒りを覚えるのは当然のことだと…。
「目の前であんなもん見せられたらさ、誰も責めらんねえよ」
「……そ、か。…ありがとな」
例えば誰かに話しかけられ、自分の口下手さが嫌になった時。
人見知りをしない山内が隣にいてくれたから、俺は相手とコミュニケーションが取れた。
例えば悔しい思いをした時。
感情豊かな山内が俺を想って代わりに泣いてくれた。
例えば俺が命の危険に晒された時。
俺の元へアリスさんを連れてきてくれた。
俺の今があるのは山内のおかげだ。
本当に。
真っ直ぐで心優しいお前だから、何度も助けられたし、助けてやりたいと思ったんだよな。
「あっ、そういえば店長にはこの事言ってあるんだろ?」
「う゛っ、…ゲホッゴホッ…」
「おい…お前それはやべえぞ…」
せっかく山内の良いところを噛み締めている最中だったというのに。
この空気の読めなさも、まぁある意味山内らしいところであった。
…煙、変なところに入ったじゃねえか。
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