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#8

俺だって、アリスさんと番だなんてごく一部の人間にしか言っていないし、 そもそも今なんて特に、恋人…それも番がいるだなんて お客には隠さなければならないのだから 人のことは言えない。 自分のことを棚に上げて、アリスさんばかりにそういう事を思ってしまうのは 何だかいかにも自分がαだという気がしてムカついた。 本当はアリスさんのことを知っている人にも知らない人にも自慢したい。 この人は俺のだって言ってやりたい。 けれどそれが叶わないのが今の職場であり、 今となってはアリスさんの株すら下げてしまうのだから致し方ない。 他のαやβに抱かれているような奴が番だなんて、 アリスさんにとっては汚点でしかない。 多分アリスさんは 俺が性別を偽っていてあまり周りに言うことができないからと、 そう言うところをちゃんとわかっていて、 だから俺との事を秘密にしてくれているのかな、なんて思う。 …この人の場合、そんな事は頭で考えていなくても 無意識のうちにそう言った気遣い、配慮ができてしまうのかもしれないが。 「あ、そういえばね!今日そっちで働いてた時通ってくれてた人が偶然買いに来たんだよ! αだったから心配してたんだけど、元気そうで安心した〜」 「っ、そうですか…。 …楽しく働けてるみたいで良かった」 「うん!超楽しいよ! やっぱり俺人と話したりするの好きだからさ〜」 アリスさんはこんな風に今日あった事、出会った人、できるようになった事なんかを 本当に楽しそうに話してくれる。 笑顔のアリスさんを見られれば、俺自身、 アリスさんを噛んだことへの罪悪感も少しは薄らぐもので。 夜の世界と違って まだまだΩに対する差別や偏見が厳しい昼の世界に飛び込まざるを得なくなったアリスさんの事を、 これでも一応…いや、だいぶ心配はしていたけれど。 この人にはそんな心配は必要無かったのかもしれない。 コンロの火を止めれば、 ブラックペッパーの香りが広がる。 クレープばっかり焼きすぎて、 ついでに香水もプラスで甘い匂いの充満した場所にいるなら ちょっと辛い匂いの方がアリスさんは喜びそうだし。 「ん〜美味しそうな匂い! 健太君、早くドライバーやめてご飯屋さん開きなよー」 「絶対無理だから」 「そんなのやってみなきゃわかんないじゃん〜!」 無理、の本当の意味を知る由もないアリスさんに またズキリと胸が痛むんだ。

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