仕事の途中で抜け出してきたらしい山内君を見送り、 俺は健太君の帰りを待った。 1時間、また1時間と時間が経つにつれて、 どんどん不安は押し寄せるばかり。 どうして健太君がその選択をしたのか、 もしそれが俺のためにと勝手に判断した上での行動なら、そんなの間違ってる。 俺は健太君と対等でいたい。 俺ばかりが健太君に守られるのは納得がいかない。 ベッドのふちに腰掛けて、 じっと家主の帰りを待っていれば かちゃりと鍵のあく音がした。 「…アリスさん、まだいたの？」 その声は、いつもよりも覇気がないように思える。 「おかえり、健太君。 俺健太君と話したいことがあって──」 「ごめん、先に風呂…入ってきてもいい？」 「ちょっと待っ」 「なるべく急ぐから。ごめん」 いいも、悪いも言わないうちに 健太君は浴室へ消えた。 俯いたまま、目も合わせてくれなかった健太君の瞳。 赤く充血していた。 きっと、1人で泣いていたんだ。 俺の知らないところで、俺に知られないように。 もしかしたら、今だってそうなのかもしれない。 昨夜の風呂上り、目が赤かったのはシャンプーが目に入ったなんて理由じゃなくて、本当は…。 俺は、着ている服もそのままに、 健太君の後を追った。 水の流れる音のする浴室を勢いよく開けて、健太君の驚いた顔…よりも先に目に入ったのは 「ねえ…肌、真っ赤だよ？ 胸のとこも傷になってる。まだ洗うの？」 無理やりに擦らなければここまで赤くはならないだろうに、 所々に傷までできていて でも健太君の手には、まだタオルが握られている。 見るのも辛かった。 嘘であればと願っていたことが、確信に変わる瞬間で。 全てのピースが揃ってしまって、 はまり込んでしまって、涙が出てきた。 「なんで……入ってきてんだよ…っ」 「話したいことがあるって、いったから」 「あとにしろよ！」 「今じゃなきゃ嫌だ」 健太君が出てくるの、待ってなくてよかった。 そうじゃなきゃ、体がここまで痛々しく傷ついていることに、気がついてあげられなかった。 だけど、心は体以上に傷だらけなんでしょう。 健太君はいつだって俺に甘くて、たまに素が出るのは面白いと思っていた。 だけど、こんなに本気で怒られる事はなかったんだ。 そうまでして、俺に内緒で自分を苦しめているのはどうして？ 俺を頼ってくれないのは、どうして？ 健太君の真っ赤な身体を抱き寄せて、 その唇にキスをしようと背伸びをする。 と、今まで俺を拒むことなんてなかった健太君の大きな手が、俺の肩を押さえつけて。 俺の力では、健太君には叶わないって、 健太君はわかってるんだ。 初めて、健太君に拒絶された。