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#26

「俺に隠してることあるよね?」 何のことですか?と しらを切ればよかったのに 俺の口からは、肯定を示すような ハッと息を飲む音が聞こえただけだ。 アリスさんの目は、怖いくらいに真っ直ぐで 俺の全てを見透かしているようで 俺はただ、服を捲し上げるアリスさんの手を下に下ろした。 「…否定しないんだね」 「アリスさんには関係ないです」 また、突き放すような 今度は誤解でも何でもなく拒絶の言葉をぶつける。 けれど、今度はアリスさんの瞳に涙なんか浮かんでいなかった。 代わりに今のアリスさんから感じるのは 強い怒り、と… 俺を軽蔑するような冷たい眼差し。 …当たり前だ。 こんな俺がアリスさんにとって唯一無二の番だなんて アリスさんも相当嫌だろうな。 「さっき山内君が来たよ」 「……あぁ」 まあ、アイツが黙っていてくれる事はないと思ってた。 今回ばかりは、どうにかアリスさんを見つけ出して何か言うとは思ってた。 けどまさか、こんなに直ぐだとはな…。 「どうして俺に何も言わなかったの…? 俺だけじゃなく、山内君にも。 あの子めっちゃ心配してたんだよ?! どうして何も言わずにキャストになんか──」 「嫌だったよ俺だって!!! 好き好んで抱かれに行くわけねーだろっ!」 …違う。 アリスさんに怒りをぶつけたって仕方がないのはわかってる。 わかってるんだ。 俺が悪くて、俺のせいで、今の自分があるってことくらい。 目を見開いたまま、言葉を失うアリスさんに 酷く弱った顔をしているアリスさんに、 俺なんかが触れる事は許されない。 頭を撫でて、抱きしめてやりたかった。 その表情が、柔らかく、また笑顔を見せてくれるようになるまで ずっと、背中を撫でてやりたかった。 でももう、そんな事 俺には無理だ。 「…ごめんアリスさん。でも事実だから。 …俺があんたを噛んだから、いけなかったんだ」 初めてアリスさんを車に乗せた時 甘く香る香水は他のキャストとは違う居心地の良さを感じた。 名前を聞かれて、苗字を答えたらありきたりだって笑われて、下を教えてもまた同じことを言って笑った。 次の日も、その次の日もアリスさんを乗せるとふわりと甘い匂いが広がって それが本当は香水のせいなんかじゃなく、 アリスさん自身の匂いなんだとわかった瞬間、ダメだった。 元々鼻の鈍い俺が、こんなにも惹きつけられるのは これまで出会った人たちの中で彼だけで 山内が“いい匂い”って言っていたのに対して何故か意地になって香水を変えるよう勧めた。 思えば出会った瞬間から 全部俺のわがままだったんだな。 先のことも考えず、アリスさんが俺の命を救えるほど俺に思いを寄せてくれていたその気持ちが……嬉しくて この上ないくらい幸せだった。 俺は、アリスさんには 到底見合わないαだったんだ。 「………番、解消しますか」 この選択はアリスさんにもリスクを背負わせるとわかっている。 でも、アリスさんなら きっと他にも幸せにしてくれる人が沢山いるだろう。 アリスさんを見えない鎖で縛り付けた俺の 唯一の罪滅ぼしだ。 「…ふざけんな」 アリスさんのドスの効いた低音が 耳の奥に突き刺さる。

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