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#27
いつだって物腰柔らかなアリスさんの口調は、
仕事もプライベート関係なくて
俺を安心させてくれていた。
初めて聞いた。
アリスさんのこんなに荒れた言葉遣い。
それだけ、優しいこの人を怒らせた。
それだけ、愛しているこの人に嫌われた。
アリスさんの幸せを願うはずなのに、馬鹿みたいにしんどい。
立っているのがやっとだ。
「今までありがと。
俺あんたに会えてよかったよ」
これ以上アリスさんといるのは辛すぎる。
このままアリスさんが俺の家にいるのは耐えられない。
そう思って、アリスさんの鞄を掴んだ。
忘れて行った香水瓶を、今度はしっかり持って行ってもらえるように
それも一緒に詰め込んで
胸元に突き出されたそれを
──アリスさんは、手に取ろうとしない。
「さっきから聞いてれば、健太君自分のことばっかじゃん。
俺がそんなに頼りない?俺じゃそんなに不満だった?」
「なっ…そんなこと一言も──」
「だってそうじゃん!噛んだからいけない?だから番解消します?…俺の気持ち丸無視してんなよ!!」
俺の手から叩き落とされた鞄は、バンと重たい音を立てて床に落ちた。
ぶわっと広がるのはよく知ったバニラの香り。
香水、ぶちまけたのかよ
勘弁してくれ。
アリスさんを思わせる匂いを、俺の家に残してくれるな。
「…れは……俺は…っ、健太君の番だよ?!
俺が望んだ。俺が噛んでいいって言った!
なのに何で……そんな事、言うの…?」
見れば、ガクガクと膝を震わせて
服が破れそうなほど強く裾を掴む細い手には、血管が浮き出ていた。
俺の事、嫌いになったの?
と、弱々しく呟いた途端、アリスさんの身体がガクンと床に崩れ落ちかけて
反射的に、腰を掴んだ。
腕を引っ張って、アリスさんの身体を支える。
そのとき鼻を掠めたバニラとは違うアリスさんの香りに
本能が、どうしようもなく
この人と離れたくないと叫んだ。
「…だい、じょうぶですか……?」
怪我はしていないか、じゃない。
俺が触れて、汚いと思わないかという問いかけ。
「…健太君に触れられたところってね…
全部、熱いんだよ……。全部気持ち良くて、幸せ。
俺、健太君の事ずっと大好きでたまらないんだよ」
「…っ」
自分の足で立ち上がったアリスさんは、俺の首に腕を回して身体を寄せた。
少し背伸びをして、俺の身長に合わせるように。
耳の後ろで聞こえる、鼻を啜る音が悲しくて
俺も、その細い腰を抱きしめる。
「…教えて。どうしてこんな事になったのか」
俺はもう、アリスさんの言葉に
頷く事しか出来なかった。
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