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#43

なかなかお客さんが途切れることはなく、 少しだけ残業をしてタイムカードを切った時刻は16時半を指していた。 慌てて健太君にメッセージを送れば、程なくして駐車場の位置を知らせる返信が届く。 俺の店がある階の立体駐車場に止めてくれるあたり、本当大事にされてるなって。 たまたまその場所を通ったタイミングで空いている箇所を見つけただけかもしれないけど …健太君なら多分、たとえ満車だったとしても 俺のために空くのを待っていてくれるような気がする。 愛されてるよなぁ、俺。 言葉がなくても、それだけはものすごく伝わってきてしまう。 身体だとか、αとΩとしての繋がりじゃなく、 心もそばにいてくれて、俺の全部を大切にしてくれるような。 そういう愛の形は 目に見えなくても確かに存在しているものなんだと思う。 店の出口からでもすぐに見える位置に健太君の車を見つけ、思わず駆け出した。 健太君も俺に気がついたようで、車の中からこちらに手を振ってくれる。 その口元は少し口角を上げていて ちょっとだけ、走っただけとは違う心拍の速まりを感じた。 健太君は真面目な顔してるときも世界一格好いいけど こうやって、俺に笑いかけてくれる瞬間は もっともっと格好いいんだ。 だから、もっと笑っていて欲しい。 健太君を苦しめる不幸やしがらみがこの先何度訪れようとも、 俺の力の限りを尽くして健太君をまた笑顔にして見せる。 健太君にも、誰にも言わない俺の中での約束を、 胸に固く誓った。 「お疲れ様。玲さん」 「えっへへ、ありがとね。お待たせ〜」 聴き慣れた音楽に歌詞はついていないから、 変に聴き込んでしまうこともなく、健太君との会話を楽しめる。 ハンドルを持ちながら、たまにリズムをとっている筋張った大きな右手が好き。 ギアを変える時以外、俺に預けてくれる左手も。 「今日ちょっと寄り道していいですか?」 「ん、いいよ?珍しいね〜」 「あぁ、まあ」 きゅっと手を握られて、まるで赤ちゃんの把握反射みたいに俺の右手はそれにしがみつく。 こんな動作一つでも、どきどきしちゃう自分が少し恥ずかしかったり。 「…今日はなんか楽しい事ありましたか?」 健太君はこうして、俺に起きた出来事をたまに聞いてくる。 俺からいうこともあるし、健太君から聞いてくれることもあるし色々だけど 興味を持たれないより、こうして俺のことを知ろうとしてくれるのは嬉しくてたまらない。 楽しいことか〜。 楽しい事、そうだなあ。 …あっ、一個あるある。 「なんかね、リーダーが俺の事狙ってたらしい!」 「はあ??」 「でも番いるって知ったらさ、なんて言ったと思う?“俺は有栖ってネームタグしか作らない”だよ? もう俺笑い止まんなくなっちゃってさ〜!」 「……ほう、それが今日のタノシイコトですか」 「………あ、れ?」 ちらりと横を見れば、般若の面でも引っ付けたんじゃ無いかと思うほど それは恐ろしい顔をして前を向いたまんまの健太君がいた。 …これは俺、確実に話題のチョイスミスったかな。

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