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#44

「け、健太君…怒ってる…?」 健太君は、あれからずっとムスッとしたままだ。 今はしっとりとした曲調でサックスが歌っているにもかかわらず、ハンドルをトントンと叩く人差し指は曲にも音にもあっていない。 「あの…俺、これでも一応あんたの番ですからね。 他の奴に狙われてたとか、そういう話楽しそうにすんの…辞めて」 うわっ うわわっ 嘘でしょ。 だって健太君それ… 「…妬いたんだ」 「静かにしててください」 可愛すぎでしょ〜っ。 これが静かにしてられるかっての。 はあぁ、そっかそっか。 健太君は俺を好きな人に嫉妬するんだ。 健太君でも、俺に対してそういう事 思ってくれるんだ。 そう思うとなんだか急にテンションが上がっちゃって いつかのように、淡々と前を向いて車を走らせる健太君に思いきり抱きついた。 「ちょ、玲さん!危ないから!」 「えぇ〜いいじゃん〜!」 この感じ、懐かしいな。 だけど前と違って 健太君は俺の背中を抱き寄せるし 何より、俺を名前で呼んでくれている。 同じなようで全く違う、 黒服とキャストではない恋人同士の日常。 「大丈夫だよ?俺には健太君だけなんだから。 …今までも、これからも。ずーっとね」 服から少し覗く鎖骨に ちゅっ…と軽く唇で触れる。 視界に入った喉の膨らみが ゴクリと嚥下したのが見えて頰が緩んだ。 「一緒に居てくださいね。俺も玲さんだけなんで」 「……あ…ぅ、うんっ。勿論だよ〜!」 急に…恥ずかしい事、言われると やっぱりまだ慣れないな。 健太君相手だと尚更 普段絶対、こんなこと言う人じゃないんだもん。 「…なんすか」 「別に〜!嬉しすぎただけっ」 「…よかった。 じゃあ嬉しいついでにもう一つ」 「ん?」 そう言って、健太君が車を止めたのは アクセサリーショップの駐車場だった。 アクセサリーショップ…とは言っても 普段俺が身に付けているようなゴツいブランドのそれは一切置いてなく、 清楚感があり、なおかつ高級な宝石をきらりと光らせる2つが対になっているリングが いくつかショーケースに並んでいる。 「え……?こ、こは…」 待って。 頭が追いつかない。 「サプライズとかも考えたんですけど… そういえば俺、玲さんの指のサイズ知らないなと思って」 嘘… まったくこんなの “ついで”じゃないじゃん…っ。 「ようやく、あんたのそばに居る覚悟決め切れたんで」 じんわりと目の奥が熱くなって でも、それ以上に胸のあたりは温かい。 Ω性など関係なく、理性が、心が、健太君に触れたいと 健太君と生きていきたいと、叫んでいる。 「結婚指輪、見にいきましょ? って…はは、泣かないでくださいよ」 「…っ、うっ…うぅう〜〜……。 健太君は突然すぎるんだよぉ〜〜っ」 プロポーズとも言えないその言葉の中に 十分すぎるほど詰め込まれたのは 生涯を捧げる約束と、これから歩んでいく道のしるべ。 盛大な事をされるのも勿論嬉しいけど こうしてサラッとこなされてしまうのも 俺には到底考えつかない言葉で俺を幸せの涙でいっぱいにしちゃうところも 全部、全部健太君の大好きなところだ。 この先何があっても、どうなっても 俺と健太君が離れ離れになる事はないだろう。 そして、それを形として残す為の第一歩を 共に踏み出した。

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