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予期せぬ出来事
仕事もあるし、家族もいない。話せる友達もいない。
親戚に話したところで、誰も見方にはなってくれないだろう。
見ず知らずの男の子どもを妊娠したことが分かればこれまで以上に蔑ろにされるだろうし、頼ることもできない。
まして、男のΩの出産は難しいと聞いている。
妊娠自体が稀で、番という強い絆があっても難しいと聞いている。
そんな簡単に妊娠できるはずがない。
あの日だけのことなのに。何かの間違いだろう。
血液検査だけで妊娠が分かるはずがない。きっと医者の見立ての間違いだ。
「葉山さん。紹介状ができましたので」
心配そうに付き添っていた看護師の後ろから医者が入ってきて封筒を差し出した。
「まだ、決まったわけじゃないですよね?」
座って見上げて聞くと、「詳しく検査したわけではないので、検査を受けてください」と念を押された。
「Ω性の男性が妊娠するのは稀ですし、流産も多いですから早々に診てもらってください」
「わ、分かりました」
封筒を受け取ると、「近い病院はどこですか?」と聞いた。
わかるなら早いほうがいい。
会社は今日は休みだから、このまま検査を受けに行く時間はある。
疑いを持ったまま数日過ごして悶々となるよりははっきりさせたい。
妊娠などしていない。早い夏バテだと言ってほしい。
医者からΩ専門の産科の病院を教えてもらい、看護師に気を付けるように念を押されて病院を出た。夏の日差しにうんざりしながら向こうに見えたタクシーを止めた。
電車でここまで来たが、教えてもらった病院はバスを乗り継ぐ必要がある。
運転はできるが車は持っていない。バスを乗り継ぐほどの気力もなく、もったいないとは思ったがタクシーで病院に向かった。
何もおめでたいことは無い。
Ω専門の産科で診察を受け、疑っていた妊娠は確定されてしまった。
運命の番なんてあいまいな絆が疑われる判決だ。
一夜だけのセックスで妊娠してしまったΩなんて珍しいと医者はいい、僕に何度も質問した。
診察を通り越してセクハラじゃないかと疑うほどに。
番もいなければ、家族もいない。親戚とは疎遠で頼る相手もいない。
それを知った医者はどうするか判断して改めて受診するように言った。
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