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望んだ愛
練習台にと快く切ってくれる。
美容院の回転いすに彰を抱っこしたまま座る。
「友紀も整えてあげるね」
「ありがとう」
手際よくすずが髪を切ってくれて、彰がぐずるよりも先に切りそろえてくれた。シャンプーもしたいと言われたけど、彰を預けることもできないから、それを断って丁寧に髪を掃った。
「ご飯は?」
冬の夕暮れは早い。少し暗くなった店の外を眺める。
「いいよ。うちで食べる」
「一緒に食べようよ」
誘ってくれるすずに、「彰がいると大変だから」と断った。
「小さい子なんて気にしないよ」
「ありがとう。でもいいよ。最近彰から目を離せないんだよ」
行動範囲と運動量の大きくなった彰は机の上や棚の上の物を落とすのがお気に入りで、外食なんてしたら食器を落とすのは目に見えている。家ならばプラスチックの食器を使っているから大丈夫だけど、外ではそうもいかない。
「疲れてるときはいつでも頼っていいからね。彰ちゃんも預かるよ」
すずが笑いかけてくれる。
閉店中の美容院のドアが開いた。
「今日はお休みですよ」
顔を上げたすずが、「ああ、智君」と声を弾ませた。
智君はすずの恋人でこの店の同僚だ。
智君は明るく微笑んでくれた。
「今日はすいません。お休みなのにすずに時間を作ってもらって」
「ああ、前から予定は聞いていたので」
智はそう言うと、「すず、店の戸締りして」と声をかけた。「ちょっと待っててね」と言って店の奥に向かった。
「申し訳ないんですが、あまりすずと関わらないでもらえませんか?」
奥にいるすずには聞こえないように、静かな声で智は囁いた。
「え……」
「あなたがΩ性であることやその子の母親だってことはすずから聞いています。すずとは結婚を前提にお付き合いしていますが、親戚に知られたら反対されるので」
智の言葉に血の気が引く。
「僕個人はすずの優しさだって理解していますが、今後もお付き合いが続くとちょっと」
言葉を選ぶようにしながらじっと僕を見つめる。
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