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手繰り寄せられる心
何時に来るか聞いていなかったからすぐに出られるように準備をして、部屋の中を片付けた。2人だけだから家具も少ない。彰はすっかり元気で部屋の中を歩き回っている。
昼過ぎになって部屋の扉がノックされて沢木が迎えに来た。
いつもの車に乗せられて向かったのはあのホテルだ。沢木は彰のその後の容体を聞いたり、たわいの無い話をするだけだった。
ホテルに着くと部屋でアキが待っていたが、仕事をしていたのだろうテーブルの上には書類が広げられていて、「沢木これでいい」と言ってトントンと書類をまとめて沢木に差し出すと立ち上がった。
「呼び出してすまない。子どもの様子は?」
アキに聞かれて機嫌のいい彰を抱っこ紐に入れたまま見せた。
「すっかり元気です。心配をおかけしました」
返事をして沢木に促されてアキと向かい合わせにソファーに座った。彰も抱っこ紐から下ろして膝の上に座らせた。沢木は彰が手が届かないテーブルの中央にコーヒーを出してくれて、彰にもストローを差したジュースを用意してくれた。
「ユキさんに番がいない事は以前お聞きしたんですが、こちらでいろいろ調べさせていただきました」
沢木は先程アキから渡された書類から数枚の紙を机の上に広げた。
そこには彰の出生日やバース性も記載されていた。
「認知もされていないようですが、これも事情があるって事ですか?」
2人には彰の父親が別のαと伝えてある。相手が誰とも言っていない。
「はい」
頷く。出産の時も出生届を出す時も相手の名前を記入する欄はあった。だけど、そこは空欄で出した。誰もいなかったから。
「一昨日の彼は『行きずり』と言っていましたが、相手が分からないという事は無いですよね?」
αと出会う事は滅多にない。だから相手が分からずにΩが妊娠する事は暴漢や発情期の事故以外ではないだろう。だから相手ははっきりしている。
「名前が分かればこちらで探し出す事は可能ですよ」
αはその人数も少ないし、優秀な人材が多いから名前が分かれば探し出す事は可能なのだろう。
「認知されれば生活もしやすくな……」
話は途中から耳に入って来なかった。
俯いてじっと彰を見つめていた。
甘い香りが近づいてソファーが揺れると同時に抱き締められたから。
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