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もう一つの運命

 返事が遅れてしまった。彰人とは似ていない。  彰人と身長はほとんど変わらないけど、細くてすらりとしている。  爽やかなブルーのカラーシャツがよく似合っている。  似ていない。だけど、だけど……。 「あなたが友紀さんだね。初めまして、彰人の兄の桐生和人(カズヒト)です」  自己紹介されて、「初めまして、友紀です」と頭を下げた。  和人さんは、「これどうぞ」と手に持っていた紙袋を差し出した。大きな紙袋は子ども服のブランドのロゴが入っていた。 「すいません。ありがとうございます」  受け取ってお礼を言うと、「会うのを楽しみにしてたんだ」と笑った。  笑った顔はどことなく彰人と似ている。  スリッパを進めると、和人はお礼を言って靴を脱いでスリッパに履き替えた。  土足で生活すことが多いアメリカだけど、抵抗があった僕の要望で土足は厳禁にしていた。靴を脱いだ和人がスリッパを履くのにこれまで以上に近づいた。  微かに香る甘い匂い。  ああ、彰人と兄弟だ。と強く納得した。  僕は番がいるからその香りに誘惑されることはないけど、この香りは彰人を思わせる。 「彰人さんが待ってます」  和人は、「アキとは随分久しぶりになるんだよ」といいながら僕に続いてリビングに入った。  彰人はまだ彰の着替えに戸惑っているのかリビングに戻ってきてはいなかった。  キッチンでコーヒーを入れていた沢木が振り返る。 「え?」  息を呑んだ。  一気に立ち上る甘い香り。  僕や彰人とは違う甘い香り。 「さ、沢木さん?」  顔を赤くした沢木がキッチンのカウンターの中に消えた。正確には座り込んで姿が見えなくなってしまったんだけど。  慌てた僕が沢木のところに行こうとするのを、「俺が行く」と和人がキッチンに向かった。  僕も続いて行く。 「沢木君? だったよね?」  和人が声をかけると、カウンターの中にうずくまった沢木は自分の組んだ腕に顔を埋めたまま小さくうなづいた。  沢木は発情期が重いと言っていた。だから、普段から抑制剤を飲んでいて、僕たちの前では決して兆候を見せることも、その香りをさせることもなかった。

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