9 / 40

第9話

 ★ ★  夜は更けていたが、どういうわけか眠れない。  闇夜を歩く少年は、銀色の月に照らされ、仄かに浮かびあがっていた。  村外れの家を出て少し歩くと、昼なお暗く村人も近寄りたがらない森の入口がある。そして、この先には“悪魔の谷”が──。この森に村人が近寄らないのは、この“悪魔の谷”に繋がっているからでもある。  しかし、少年は違っていた。  森は彼が入れば優しく包み込み、その先へと導いて行く。少年も森を怖がらない。  やがて視界が(ひら)け、“悪魔の谷”がそのベイビーブルーの瞳に映る。  “悪魔の谷”──いや、“瑠璃色の谷”だ。谷全体が柔らかな瑠璃色に輝いている。  この辺り一帯の村々に伝わる伝説では、ここには“銀の魔物”が囚われているという。  勿論トールはそんなものは見たことはない。  もしかしたら、こんな夜更けには、出会(でくわ)したりするかも?  くすっと笑みが零れる。  そんなことを考えながら、斜面を下る。    え……?  遠目にいつもトールが魚釣りをしている川が見えた。その水辺に、瑠璃色とは別の輝きがあった。  銀色の……。  思わず眼を擦る。そんなことをしても何も変わらないのに。  あれはいったい……。まさか……。まさか、だよね……。  伝説が真実なんてあり得ないよね。  伝説など長い年月をかけて様々に作りあげられたものに過ぎない。その中には教訓など含まれている場合もある。  そう例えば、この谷の地形や、獣の棲みかがあり危険であることを子どもたちに示唆する為とか。  それはトールの歳ではなんとなく解っている。  村の人々がここを“悪魔の谷”と恐れるのは、遊び半分に立ち入った者が戻って来ないことがあるから。  森で迷ったり、獣に喰い殺されたりが本当のところだろう。  では、は? はいったい……。  心臓がばくばくする。でも歩みは止まらず、次第にその姿が明らかになってゆく。  大きな体躯。銀色の(たてがみ)。  獅子……?!  もう後ほんの数歩先。  足許でカサッと音が鳴る。  それに反応して、銀色の獣が眼を開けた。    ぐるるるっと低く唸り声をあげている。  でも、怖くない。  つい先程まで心臓が壊れそうなくらい怖くて仕方がなかったのに。 「綺麗だ……」  ほう……と吐息が零れる。  月光を受け──いや、彼自体が白銀に輝いている。そして、まるで宝石のような、銀と青のオッド・アイ。  白銀の獅子は、やがて静かになり、ひとりと一匹は見詰め合った。  ああ、に似ている……。  夢の中だけでなく……。    今こうして静かに見詰め合っていると、夢だけじゃなく、前にも同じことがあったような感覚に陥る。  夢の中の幼い自分はこうして──と思い描きながら、それと同じように美しい獣の首に腕をまわす。  この感触を、ボクは

ともだちにシェアしよう!