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第9話
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夜は更けていたが、どういうわけか眠れない。
闇夜を歩く少年は、銀色の月に照らされ、仄かに浮かびあがっていた。
村外れの家を出て少し歩くと、昼なお暗く村人も近寄りたがらない森の入口がある。そして、この先には“悪魔の谷”が──。この森に村人が近寄らないのは、この“悪魔の谷”に繋がっているからでもある。
しかし、少年は違っていた。
森は彼が入れば優しく包み込み、その先へと導いて行く。少年も森を怖がらない。
やがて視界が開 け、“悪魔の谷”がそのベイビーブルーの瞳に映る。
“悪魔の谷”──いや、“瑠璃色の谷”だ。谷全体が柔らかな瑠璃色に輝いている。
この辺り一帯の村々に伝わる伝説では、ここには“銀の魔物”が囚われているという。
勿論トールはそんなものは見たことはない。
もしかしたら、こんな夜更けには、出会 したりするかも?
くすっと笑みが零れる。
そんなことを考えながら、斜面を下る。
え……?
遠目にいつもトールが魚釣りをしている川が見えた。その水辺に、瑠璃色とは別の輝きがあった。
銀色の……。
思わず眼を擦る。そんなことをしても何も変わらないのに。
あれはいったい……。まさか……。まさか、だよね……。
あの伝説が真実なんてあり得ないよね。
伝説など長い年月をかけて様々に作りあげられたものに過ぎない。その中には教訓など含まれている場合もある。
そう例えば、この谷の地形や、獣の棲みかがあり危険であることを子どもたちに示唆する為とか。
それはトールの歳ではなんとなく解っている。
村の人々がここを“悪魔の谷”と恐れるのは、遊び半分に立ち入った者が戻って来ないことがあるから。
森で迷ったり、獣に喰い殺されたりが本当のところだろう。
では、あれは? あれはいったい……。
心臓がばくばくする。でも歩みは止まらず、次第にその姿が明らかになってゆく。
大きな体躯。銀色の鬣 。
獅子……?!
もう後ほんの数歩先。
足許でカサッと音が鳴る。
それに反応して、銀色の獣が眼を開けた。
ぐるるるっと低く唸り声をあげている。
でも、怖くない。
つい先程まで心臓が壊れそうなくらい怖くて仕方がなかったのに。
「綺麗だ……」
ほう……と吐息が零れる。
月光を受け──いや、彼自体が白銀に輝いている。そして、まるで宝石のような、銀と青のオッド・アイ。
白銀の獅子は、やがて静かになり、ひとりと一匹は見詰め合った。
ああ、あの夢に似ている……。
夢の中だけでなく……。
今こうして静かに見詰め合っていると、夢だけじゃなく、前にも同じことがあったような感覚に陥る。
夢の中の幼い自分はこうして──と思い描きながら、それと同じように美しい獣の首に腕をまわす。
この感触を、ボクは知っている。
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