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第14話

 ★ ★  静かな夜だった。  柔らかな月光が差し込む窓辺。  寝台で眠る少年は、時折苦しげに眉根を歪める。  それを宥めるように、大きな手が金色の髪を優しく()く。  男は寝台の端に腰をかけ、眠る少年を愛おしげに見続けていた。  気を失ったトールを寝台に運んだのは、この男だった。    月光に浮かび上がるのは──銀の、白に近い輝きをもつ髪。  少年を映す瞳は──青と、銀。 「……お前が、大人になるまで一緒にいたかった。お前の成長を見ていたかった……」  低く甘く話しかける。  少年には聞こえていないのに。 「力を使いすぎた……もう、この“形”を保てない」  その両の手は、幼さを残した柔らかな頬を包む込む。大切なものを持つ時のような優しさで。  しばし撫でていたが、片方の手だけが離れていき、その指先で首筋をなぞる。シャツの釦を器用に外し、ぐいっと寛げる。  鎖骨の窪みを指の腹で何度か撫ぜると、上体を傾がせた。今まで撫でていたに唇を寄せたかと思うと、ぐっと歯を立てる。  滲み出た血を舌で舐め、何度かきつく吸い上げる。  「ん……」  眠っている筈の少年の唇から小さな声が零れる。  男が身体を起こすと、苦し気に顔を歪ませうっすらと瞼が開くところだった。 「イ……オ……?」 「トール……流石に、痛かったかな……」  ふふっと笑い、そっと手で両の眼を覆った。 「眠れ……」  風もない部屋のなかで、銀色の髪がふわりと揺れる。  その髪も、少年の眼を覆うその手も、柔らかな銀色に包まれていた。  少年は再び夢のなかへ。  彼が見る夢へと話しかけるように、男は囁いた。 「これは……(あかし)だ。お前は…………」  健康そうな肌に咲く紅い花。愛おしげに指でなぞる。 「私は……もう随分と……こと、お前を…………た。今度は、お前が…………せ。次に…………時…………お前は…………だろう。人間として…………私を…………それとも…………」  男は、もう一度へ口づけをし、上掛けから出ている片方の手に、銀色のリボンを握らせた。 ★★  朝の光の眩しさに、青年は眼を覚ました。   真実の上に半身を起こすと、ぼんやりと窓の外を見た。窓は僅かに開いていて、朝の少し冷たい風が、肩よりも長い金色の髪をさらりと揺らす。 「今日もいい天気だな……」  朝日を手で遮りながら、小さく呟く。  ──それに答える者は、誰もいない。  青年は寝台から降りると、夕べ作った冷たいままのスープとパン一つで朝食を済ませた。  服を着替え、食卓に置いてあった銀色のリボンで無造作に髪を結んだ。  その青年──トールは、この春二十一歳の誕生日を迎えた。  十五の歳から、幼い頃両親と一緒に暮らしていたこの家に独り住む。それまでは、母の姉の家で育った。従姉妹のフィーナと共に。  両親は三歳の時にこの世を去っていた。  六年の月日は、まだ幼さを残した無邪気な少年を、何処か影のある青年へと変えた。村外れの家から村の中心へは余り()かず、孤独に生きた。  ただ、その空色の瞳と、陽の光に負けず輝く金色の髪だけが変わらない──。

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