28 / 40

第28話

「ボクがよく見ていた夢と同じだ……」  イオが語るのを聞きながら、幼い頃から何度となく見てきた夢を思い出す。  白銀の大きな獣。  それから幼い子ども──恐らく、自分。  子どもは自分よりもずっとずっと大きなその獣を、けして、怖がったりはしなかった。  きれい。  すき。  そんな気持ちで抱き締めていた。 「あれは夢だが、ただの夢じゃない。ふたりの魂が呼び合って夢を共にしたんだ。恐らく昼間に森で出逢ったことで、お前の魂に少し影響を与えたのだろう」  夢を共にしたのは、一度切り。しかし、トールはその(のち)も何度か夢に見ている。それを口にする度に、嬉しく思う気持ちと、それが切っ掛けで封じた記憶が甦るのではないかという懸念の両方があった。 「夢のなかで咲いた瑠璃色の花は、(うつつ)でも本当に咲いていた。あの花は……お前が私を“想う”心だ。共に暮らすようになって、少しずつ谷に増えていった。その輝きは淡く近隣の村からも見えるになり、この谷を“瑠璃の谷”と呼ぶ者も出てきた。お前も知っているように、瑠璃の花はこの谷全てを覆い尽くしていた。しかし、一旦全てが消え去ったんだ……」  そうだ。  と、トールは思った。イオに置いていかれ、独りこの谷に来るようになった頃。勿論、その時には“イオに置いていかれた”という意識はなかったが。  上から降りてくる道筋はごつごつとした岩肌で、草木が生えているのは川の周辺だけだった。  それが今は……。 「夢を共にしてから、あの森で何度かお前と会った。父親は狩りに夢中でお前のことは放っていた。私はお前を呼び寄せ、父親が見えない場所でしばし過ごし、それから元の場所に送り届けていた。それが、あの日──」 “あの日”   それは、ボクの記憶にある、のことだろう。  ボクの頭上を飛ぶ銀色の獣。  それから。  見る見るうちに紅く染まっていく父さん。  それだけ。  それ以外の記憶はない。  今なら解る。  イオが無闇に人を襲いはしないことを。 「何故……」  その言葉だけが、ぽろりと零れた。 「──何度か会っているうちに、その状況に“慣れ”てしまっていた。お前と少しでも長くいたくて、送り帰すのが遅くなった。そして、注意も怠った。あの日、父親の方が、先にお前を探しに来て、お前といる私を見つけた──」   『トール! 離れろ!』  頭のなかで呼ぶ声が聞こえた。  あれは父さんの声? 「父親が呼んでもお前は私から離れず──彼は此方に向けて弓を構えた。あれは…………」  言い淀む。  

ともだちにシェアしよう!