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第29話

「……矢は……どう見ても、お前に当たる位置に、向いていた…………」 「え……」  それって、どういう……。  怖くて聞けない。 「……お前の父親は……けして、お前を愛してなかったわけではないと思う……ただ……。彼は元々村の人間ではない。村にも馴染めない、妻の具合が悪い為お前の面倒もずっと見ていた…………魔が差した……という奴かも知れない…………」  曖昧に言ってくれているが、“そういうこと”なんだろうと、胸がきゅっと痛む。ほとんど記憶になくても、実の父親に疎まれていたのは、やはり辛い。 「冷静に考えれば、そうなのだ。だが、あの時は──お前を傷つけようとする者が、許せなかった。カッとなって飛びかかってしまった──許して貰えることでもない。大人になったお前に射られたとしても仕方ないことだ」 「…………」  許せるとは口に出来なかった。  自分の父親のことだ。それを口にしてはいけないような気がした。  ただ、そのことを越えても、やはり(かたき)を討つことなど到底できやしない。  そんな“想い”を込めて、そっとイオを抱き締める。その胸に片方の耳を押し当てながら。  静かな声音に合わないくらい心臓の音は早い。  その包容を黙って受け入れていると、少しずつ落ち着いてくる。  彼は話を続けた。 「息はまだあった。右眼に宿る力で(くう)を繋げ、二人を家まで運んだ。──その夜、父親が息を引き取ったことを感じた。お前がずっと泣いていることも」 ★ ★  白銀の獅子は愛しい幼子が泣いているのを感じ、歯痒い思いをしていた。元々臥せっていた母親は夫の死で、泣いている我が子を抱き締めることも出来ないくらいに弱っていた。    しかし、森の外には出られない獅子は、どうすることも出来ない。  ただ酷く美しい月を見上げては、案ずるばかり。  不意に。  その月を遮り、獅子の前に現れた者がいた。  獅子は驚き、一歩退く。 「珍しい。貴方が“悪()()谷”に来るとは」  こんな時にと言いたげな程、皮肉気な声音。 「お前のこと、助けてやろうと思ってな」  そう言って嗤ったのは、この辺り一帯を見護る神。  イオが憎んでも憎み切れない男神だった。  白銀の光を纏い、宙に浮いている。  獅子よりも更に冴えざえとした白銀の髪。冷たい白銀の瞳。 「助ける?」  それには答えず、逆に問われた。 「お前──何故、あの男を助けなかった? お前には治癒の力もある。助けられただろう?」 「…………虫の息だった。無理だろう」  治癒の力はあるが、蘇らせる力はない。そう誤魔化そうとした。 「まあ、いいだろう」   このやりとりだけは、トールには言えない、と語りながら思う。

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