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4.やっぱり最悪

獣人保護区の城。 青空に映えてなお美しい、石造りの城壁。空高くそびえる塔と三角錐の屋根。豊かな庭園。苔むした城壁… 城の外観からは獣人保護区の金銭的な豊かさが見て取れる。 獣人族は諸外国と同様に自由に貿易や商売を行なっていて、"獣人族が作った"というだけで売れる物品もあるほど、彼らのモフモフの耳とふわふわの尻尾は世界から愛されていた。 「ようこそ、我が城へ!」 出迎えてくれたのは、立派なあごひげを蓄えたニコニコ顔の王様であった。 愛嬌を振りまきながら、豪華な城の内部をあれこれ説明して歩いてくれるこの獣人の王に、ハルも好感を持つ。 …けれど。 風呂と新しい洋服を拝借し、食事の席で豪勢なもてなしを受け、最近の世界情勢や貿易について教授と意見を交わす獣人族の王様の隣で。 …熱い視線を送ってくる、獣人族の王の息子ユキ……… 俺を見て!こっち見て!!!と熱いテレパシーが送られてきているが… ハルはあえて視線を合わせない。フルシカトだ。 万が一目を合わせてしまったら、 「おれのこと見た!テレパシー通じた!?好き!!!!!」 …となるに違いない。そんなの御免だ。 ・ ・ ・ 前菜、スープ、魚、肉とフルコースが運ばれて、デザートを…となった段階で、いよいよ獣人族の王様が"例の"話題に触れる。 「そういえば我が愚息が、貴殿方へ大層ご無礼をしたと伺いましてね。私からも深くお詫びを申し上げる…ユキ、お前からも再度お詫び申し上げなさい」 モフモフの耳を垂れ、謝罪する獣人族の王。 しかし。 「正式なご挨拶もなく突然皆様のもとへ現れたのは謝ります…でも私が申し上げたいのは、ハルは私の運命の番であるということです。そして先程、私はハルに結婚を申し入れました」 「…はあ?」 こいつ…ほとんど謝罪してねえし全ッ然懲りてないんだが!?!? "愚息"ユキの傍若無人な言いように、獣人の王も顔をこわばらせた。 「ほ、本当かねハルくん?」 獣人族の王は耳と尻尾をぱたぱた忙しなく動かして、どうしたことか…と全身で焦っている。 教授といえば、食事が始まる前ハルにこっそり「獣人族にヒトが娶られるなんて前人未到の事態だ、未知の分野の獣人族研究ができるぞ」とイカれたことを耳打ちする始末で。いまも隠しきれないニヤニヤ顔を浮かべて状況を見守っていた。 「ユキ…様はそう仰られていますけれど、僕は全然…!それに、初対面ですし……!」 ハルは精一杯、失礼にならないような言い回しを選んでいるが、これでも丁寧に丁寧に"お断り"しているのである。 こんな自分勝手で無遠慮なヤツに対して『様』なんて付けたくないがしかたない。 「初対面じゃなければいいの?」 「💢んなこたぁ言ってねえだろぅ…が……いささか時期尚早ではありませんか?」(ギロリ) 「そんなことない。おれとハルは運命だ」 「…分かり兼ねます」 ちなみにこれが、初めてふたりがまともに交わした会話であった。 ・ ・ ・ 「本当に申し訳ない。あそこまで聞き分けのない子ではなかったんだが……」 城を去る直前… 獣人族の王はそう言ってハルを呼び止めた。 「いえ、まあ………はは………」 「兄弟たちを早くに亡くし、あの子の母親もあの子が幼い頃にこの世をたってね……少々甘やかしすぎたのかもしれない。私の責任だ、心から謝罪させてくれ」 本来、獣人族は多産で、一度の出産で5〜10匹ほどの兄弟を持つ。 それが食事の席においても、妃もほかの王子も姿を見せなかったので…そういうことだったのかとハルは納得する。 「…いずれ私が衰えたとき、この城も、保護区の統治も、あの子が一身に担うことになる。その時、あの子の支えになってくれるような人がそばにいてくれれば、心強いと思うのだがね…」 「…無理にとは言わん。ただ、数ある君の人生の選択肢のひとつには、加えておいてほしい」

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