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5.テレビの向こうのあいつ

都内某所。 獣人保護区での実地調査を終え、ハルは自宅アパートへ戻っていた。 実地調査で得た膨大な量の写真データを整理して、説明書きとともに教授に渡さなくてはいけないのだが…かなり時間が掛かりそうだ。 ハルは写真を整理しながら、懐かしむ。 樹齢数千年のセコイアの森。青く澄んだ湖。花崗岩の一枚岩の岸壁から轟音とともに流れ落ちる滝。 …すべての光景が美しかった。 獣人族は、いまでこそ文明を受け入れ農機具から冷蔵庫、電子レンジまで使いこなしているが、それでも根底には古来よりのシャーマニズム信仰が息づいている。生活を楽にする便利な道具を享受しつつ神や精霊を尊重する彼らの姿勢は、他宗教で寛容な日本文化に慣れ親しむハルにはとても好ましく感じられた。 ハルのなかの美しい記憶とともに保存されている"生きた"写真たちを夢中で見聞しているうちに、気がつけばすっかり時間が経っていた。 ふぁ、とひとつあくびをする。 (そういえばシャワーも入ってなかったな…) (すげぇつかれた〜!) いったん集中力が途切れると、長期旅行から帰った疲労がどっと襲ってくる。 (あとどれくらい写真残ってんのかな…) なんの気なしにデジタルカメラを弄っていて、ある一枚の写真でハルは手を止めた。 (あいつ、だ………) それは到着初日、城へ招かれたときの写真だ。 食事を終え、親しげに並んだ獣人族の王と教授、その両隣へ控えるハルと、王の息子ユキ。 美丈夫のユキがキリッとした立ち姿でカメラを見据えているのに対し、ハルはどこかぎこちなく、笑顔すら作っていない。 (おれブッサイクだな〜〜〜〜💦💦💦) 写真写りはあまり良くない方だと自負していたが、これはさすがにヤバすぎる。王族のお二方は人前に出ることも写真を撮られるのも慣れているのだろう、被写体としてポージングも表情作りも素晴らしい。ちなみに教授はいつもの可もなく不可もないザ・おっさんだ。 (ほんっっと、顔だけはいいよなこいつ……) ハルは、ユキのすっと通った目鼻立ちや凛々しい眉を恨めしげに見つめる。 (性格はクソ悪いんだけどな〜〜〜😅) (そういえば、あれ以来会ってないな…) 城からは毎晩『ディナーを一緒に』とお誘いがあったのだが、シャーマンへのインタビューや、獣人居住区の調査などで忙しくて、それどころではなかったのだ。 (おれが向こうを発つとき、見送りにすら来ないし…) (会うのはこれで最後になるかもしれないのに。そんなことも思わなかったのかよ) 獣人族調査同行をする大学教授と、そのオマケの院生。ハルの立場はそれだけだ。 (…なんだよあいつ、威勢がいいのは最初だけかよ) (…ってか初対面で「お嫁さんになって」は無ぇだろフツーよぉ…) たしかにハルはうなじを守るためのチョーカーを付けているし、そのためオメガであるのは一目瞭然なのだが。どうあがいても社会的弱者で、いまだ差別される立場にあるオメガに向かって「嫁になれ」と言うのは「俺の子を孕め」とほぼ同義で。だからこそハルは憤ったのであった。 でも、あの時の自分の反応は、異常だった。 …身体が熱くなって…まるでヒートのときみたいな… おそらくユキはアルファなのだろう。 しかしアルファに身体的接触をされたオメガがヒートを誘発されるなんて…聞いたことがない。 (でも…おれ、濡れ、てた…) からだがふわふわして、くらくらして… ……… …… 「ああーーーっ!!ダメだ!!!!」 (つ、疲れてるんだきっと!!!テレビでも見よう!!!!) テレビの電源を入れると、ちょうど獣人保護区の特集をしている番組が放送されていた。 (あれ?行ってきた所だ……) 珍しいな、と思った。たしかテレビメディアの取材はあまり受け入れないって教授が行ってたのに…だからこそ自分達が大学院名義で直接取材に行ったのだが。 番組は獣人族の街並みを一通り映し、そして王族のいる城へとカメラを向けた。 そして… (あいつ、じゃん………) テレビ画面いっぱいに映し出される、獣人族の美しい青年。 モデルのように整った顔立ちに、伝統的な衣装を身につけたユキはまさしく王族だった。 『…我々獣人族は時代に合わせて変化していきます』 この特集の総まとめにあたるインタビューのようだった。獣人の王族にインタビューするという大役を担わされたキャスターは緊張の面持ちでマイクを向けている。 『我々は特異な存在ではありません。多くの方の支えや御協力があってこそ今こうして自然と共存・共生をしていける、そのご恩を日々身をもって感じております』 『わたくしも一つ一つのお務めを大切にしながら少しでも陛下や他の皇族方のお力になれますよう、わたくしのできる限り、精一杯務めさせていただきたいと考えております』 テレビのなかでスンと澄ました顔で口上を述べるユキに、ハルは苦笑した。 (おいおい…おれに取った態度とはえらい違いだな……) (こんなにマトモなこと言えるんだったら最初からそうしろよ!!) あらかじめ打ち合わせしていた内容だったのだろう、会見インタビューは滞りなく進み、そして番組も終わりの時間に近づいた頃、キャスターがかなり踏み込んだ質問をする。 『ところで若様はまだお一人身だとお伺いしましたが…』 『ええ』 『いま現在で心に決めていらっしゃる方はいらっしゃるんでしょうか?』 『はい、います』 ここで、キャスターとカメラ撮影陣からどよめきが入る。獣人族の王族、しかも本人の口からビッグニュースを仕入れることができるなんて!というどよめきだ。 ハルはといえば…… (え?) ひどく動揺していた。 (それって、許嫁がいるってこと?) (そりゃそうだよな、王族だし…生まれた瞬間から、決められた相手がいたっておかしくない) (じゃあおれに言ったあのセリフは…!?) ハル自身も、どうして自分がこんなに動揺しているのか分からない。 『お相手のことを詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか!?』 『ええ。彼は一般の方なのであまり詳しくはお話できませんが、会ったのはつい…先日とのことです。短い間しかお話しすることが叶いませんでしたが、私は彼が運命の相手であると思っております』 "彼"というワード。 相手が女性だと思っていたのだろう、キャスターは口をあんぐり開けていた。 ハルも、テレビのなかのユキが言葉を紡ぐたびに、どきどきと動悸が激しくなっていく。 『……ということは、一目惚れ…をなさったと…いうことですか?』 『そういうことになりますね』 『わ、わぁ………お熱いですね…』 『カ、カメラに向かって、お相手の方に一言お願いしてもよろしいでしょうか?』 キャスターはカンペ指示が欲しいのか撮影陣のほうをチラチラ伺い、ややあって緊張の面持ちでそう言った。 『ええ、では……』 画面のなかでユキが居住まいを正し、 声もなく、唇のみを動かして何事かを言った。 それに、ハルはずくん、と重く胸が鳴る。 唇の動きは"ハル"と呼びかけているように見えたから。 金色の目が、ひたとこちらを…カメラを見据える。 『必ず迎えにいくから、覚悟しておいて』

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