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9.二度目の抱擁と、逃亡 *
「……分かったから手ぇ離して……………」
「やだ。離したくない」
(やだってガキかよ💦)
ハルはなんとか手を離してもらう口実を探して「と、と、トイレ行くから……!」とワタワタしてみる。
「トイレならおれも行く」
「連れション!?勘弁してよ💦」
「友達ならふつー連れションするでしょ」
「そんなの中坊くらいまでだろ!?」
あーだこーだ言いつつ、ユキに掴まれたままのほうの手を振り解きながら立ちあがろうとして…足がもつれて、がたん!と変な体勢で椅子から落ちそうになる。
(やべっ!転ぶ!!)
床にどさりと転ぶ、その衝撃を待って目をきつく閉じた。
「ハル!!!!」
鋭いオオカミの咆哮。
あっと思った時にはユキに抱き止められていた。転倒を免れたハルはほっと胸を撫で下ろし、ありがとうを言おうと思ってユキと目を合わせようとした。
「ハル、だいじょう…ぶ………」
そして、抱きしめたままハルを気遣って声をかけたユキと、唇が触れ合いそうなほどの距離で、ばちりと視線が合う。
そのときハルの内側で弾けた火花を、なんと表現したら良いか。
一週間前、初対面で抱きしめられたときはまだ"予兆"で済んだ。アルファであるユキに抱きしめられ身体中を走り抜けた激しい乾き。甘い香りが優美な毒のようにハルに絡みつき、心を揺さぶる。
このアルファは、ほかのアルファと違うという予感。
二度目に抱きしめられた今回、その予兆は確信に変わった。
……このアルファは、おれを狂わせる。
「…っっ!…はぁっ、はぁっ、、」
(…はぁ……だめだ、息まで荒くなってきた…)
(こいつに会ってから、おれずっとおかしい…!抱きしめられただけでこんなになるなんて…!?)
(どうしよう…!)
(からだがあつい…!)
(まるでヒートの予兆みたいだ…)
(これ以上ここにいたら…おかしくなる!)
一度火がついてしまったオメガの身体は、ハル自身の意思ではもうどうすることもできなかった。はぁ、はぁ、と息が荒くなる。ハルは朦朧としてくる。意識のなか、汗ばんだ額を拭う。
『一生幸せにするし、おれ絶対ハルを一番に大切にする。だからつがいに…』
『絶対かわいい子生まれるよ』
ユキに言われた言葉たちはハルの脳内でひとり歩きして、あたまのなかを「セックスしたい」の文字で埋め尽くす。
ごぷり、と"下"から熱いモノが溢れる感覚に、ハルはぶるりと膝を震わせた。真っ昼間からカフェのど真ん中で発情して、下着を濡らしているなんて。死にたくなるほど恥ずかしかった。
でも、だめだった。思考が、思考が勝手に……
おれのこと、噛んでくれるの?
孕ませてくれるの?
…たくさん、ナカに出してくれる?
体の奥底から湧き上がってくる『オメガの願い』と『本質』。そんな自分の状態を"異常だ"と分かっていてもどうしようもなかった。
オメガという性が、こんなに自分の手に手に負えないなんて。
「っ!ハル…!!!」
ユキの、アルファの声。
アルファ…?
火照る身体に鞭打って、朦朧とする意識のなか顔を上げた。そこにいたのは、オメガのフェロモンに当てられて、目をギラつかせ、ハルのからだにきつく爪を立てるアルファだった。
「………ぁ……………」
その金色の眼が恐ろしかった。
だめだ、逃げろ、と頭のなかで強く警報が鳴る。
それもまたオメガの本能だった。
目の前にいるアルファから身を守らなければならない。怖い。恐ろしい。
取って食われるまえに、逃げなくては。
孕まされてしまう。
「ご、ごめん……!やっぱりなんか、ちょっとおれおかしいみたいだから……トイレで…休んでくる……」
「ハル!?」
逃がさないとばかりに強く掴まえようとするアルファの手を振り解き、ハルはふらふらとおぼつかない足取りでテーブルを離れる。その姿を心配そうに見守るのはベータとオメガだ。なにかに耐えるように唇を強く引き結びながらハルのことをじっと目で追う客が何人かいた、それはおそらく発情したオメガのフェロモンで欲情状態になったアルファだろう。『あのオメガはどうしたの?』『抑制剤を飲んでいないのか?』『急にヒートになったのか?』ひそひそと交わされる会話と『犯したい』『めちゃくちゃにしたい』と声に出されることのないアルファの欲情した熱と、オメガの…ハルのフェロモンが嵐のように狂い混じって、その場をぐちゃぐちゃにかき乱していた。
その場にいたほとんどの人間の注目が自分に注がれていたのに、自分のことで背いっぱいのハルは気付かない。
ふらり、ふらり、ヨタつきながらテーブルから離れる。
トイレで休むというのは嘘だった。一同の視線から逃れ、ハルが向かったのは…カフェの出口。
(…ここから逃げなきゃ)
(アルファに孕まされるまえに…)
ハルはもうなにも考えていなかった。自己防衛本能に突き動かされ、目指す当てもなく、フェロモンをそこら中にぶち撒きながらふらりふらりと歩を進める、錯乱したオメガだった。
・
・
・
どれほど歩いたのか。
ハルは、自分が繁華街を外れ、全く見覚えのない細道に細道に迷い込んでいるのに気付いてようやく歩みを止めた。
「…はぁ……はぁ……」
シャッター街だ。おそらく何年も人の手が入っていない、潰れた店が立ち並んでいる。人の姿のない、薄暗くじめついた壁にもたれこむようにしてハルはずるずるとしゃがみ込み、地べたへ座り込んだ。カラスやネズミといった害獣に荒らされたのか、錯乱したゴミがあちこちに落ちていた。ハルがもしマトモな状態であればこんな汚らしい場所は即刻立ち去るのだが、いまはそんなことより、うずく身体を鎮めたかった。
「…はぁ、はぁ……」
カフェからどれくらい離れたのか。
カフェにユキを置いてきてしまった。これから友達だって、自分からそう宣言したのに。オメガの性をまるだしにしたのは自分なのに、ユキの"アルファ"が怖くて逃げてしまった。
……アルファなら、オメガを落ち着かせられるのに。
"そのこと"を考えた瞬間、ぞくん、とからだが反応する。
「っん…!!ぁっ、、…!」
下半身でかたくそそりたっているものを思いきりしごきたい。いますぐ。ここで。
うしろの穴から流れ出た愛液が下着に溜まってべとべとになっていた。ぐちゅぐちゅの粘液が玉や竿まで濡らしていてひどく不快だったが、愛液を潤滑剤代わりにして竿を扱くのはハルのヒートのときの常で。
からだを火照らせて性器周辺をぐちゃぐちゃに濡らしていると、どうしたって、いますぐ無茶苦茶にオナニーをしたくなっていまう。
(なんだ?やっぱりヒートなのか…!?)
もうなにもわからない。わかるのは、自分のなかのオメガがアルファを欲しがっているということだけ。
(ここで……ひとりで、するか……!?)
シたからといって身体の火照りが治るかどうかはわからない。1回では収まらず、何回もイかなければならないかもしれない。
(ここなら誰も見ていない……)
空にはまだ太陽が輝いている。
お天道様の目の届かない裏路地でハルは葛藤して。おそるおそる、下半身に手を伸ばしかけたその時。
「…発情したオメガちゃんが、なぁんでここにいるのかなぁ?♡♡♡」
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