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15.気持ちの整理

地上何百メートルからの街並みを見下ろし、だだっ広いバスルームの湯に浸かりながら思いを巡らす。 くもりひとつない白大理石の壁。大きな窓のむこうは雲ひとつない青い空。段々と夕方のオレンジに染まっていく天の色を眺めながらあたたかい湯に浸かっていると、まるで空とひとつに溶け合っていくような気分になる。 たぶん、高級ホテルのスイートルームだ。こんな高級宿に長期滞在するなんてさすが獣人族の王族だし、品格やプライバシーを守るためにはこのレベルのホテル格式が必要なのだろう。ごく一般的な家庭で育ったハルにはついぞ縁のない高級感とラグジュアリーさ。違和感はあったが"今日だけ"、"今だけ"借りていると思えば、浴室を飾る花の形をしたアロマキャンドルや聞いたこともない横文字ブランドのボディソープの香りも受け入れられた。 あまりこの場所に長居をしてしまうと、ゆったりとした空気感や美しい非日常な景色にほだされそうになる。 助けてくれたこと、ホテルへかくまってくれたことはこちらが礼を言うべき。 カフェにユキを置いて飛び出したことはこちらが謝るべき。 経口洗浄が必要な状況だったとはいえ、こちらの合意もなく勝手にケツに指を突っ込んできたのはむこうが謝罪すべき。 そしてなによりも考えるべきなのは、暴漢魔をどうするかだ。なんとかあのクソ野郎に社会的制裁を加えてやりたいが、おそらく被害届を出すには根拠となる何らかの証拠が必要だろう。男の精液は洗い流してしまったし、身元も分からないし…あの時は気が動転していて、何も頭が回らず逃げ出すようにして出てきてしまった。そこからあいつを捕まえるには…… なんとか頭のなかで状況整理をしてみたが、冷静に話し合いができるかは甚だ疑問だった。 状況を整理したあとは、気持ちの整理だ。 しっとりとした白色のアロマキャンドルに火をつけると、柔らかい花の香りがただよう。嵐のようにぐちゃぐちゃになった感情を鎮めるにはもってこいな1/fゆらぎ。 ピンクと蒼、オレンジが複雑にまざりあった空とキャンドルの明かりに、青くアザが残った手足を透かしながら、気持ちを整理する。 怒ってるのは、おれが望んでいることを満たして貰えなかったから。 ほんとうは…… 怖かったね、もう大丈夫だよって、トントンして落ち着けて欲しかった。 もっと大切に扱って欲しかった。 おれの辛い気持ちを理解して、同調して欲しかった。 女々しい感情だって分かってる。 それでも… あいつには理解して欲しかった。 なのに、、、 問答無用でケツに指突っ込みやがって…!!! あの仕打ちは無えだろ、こっちはレイプされかけてんだぞ!!おれの感情をぐちゃぐちゃにしやがって!泣いたんだぞこっちは!てめえのせいで! 意図は分かるが、あんな流れでケツに指突っ込んで「なにもされてないね」なんてわざわざ確認してくるなんて、惨めなおれを嘲ってバカにしているとしか思えなかった。 ユキの野郎、優しいのはなんとなく分かるけど自分の世界強すぎだし口下手すぎんだろ…!!!!! よし、まず一発殴ろう。話はそれからだ。 状況も気持ちも整理したし、やることも決まって意気揚々と飛び出してみたら。 どの部屋にもユキの姿はなかった。 あったのは置き手紙だけ。 『ちょっと出掛けてくる。戻るの遅くなるかも。ルームサービス頼んだから食べられるもの食べて』 …………くそ! せめて一発殴らせろよ。

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