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16.ルームサービス、ひとりの夜
国産テンダーロインのステーキ、マッシュポテト添え。
ニューヨーク風ビーフバーガー。
小鉢の並んだ魚和定食。
ベーコンとサーモンのエッグベネディクト。
オードブル、パスタ。
コーンスープ、ミネストローネ。
ヒレサンド、クラブハウスサンド、たまごサンド、ハムとキュウリのサンド。
ブレッド&ベーカリー。
フルーツの盛り合わせ。
ヨーグルト、スムージー、シリアル。
身体中に残った傷やあざを老執事に手当してもらいながら、ダイニングの特大テーブルに白いクロスが掛けられ、ものすごい量の料理と銀食器がまるで儀式のように粛々・続々と並べられていくのを震えながら見守っていた。ユキが勝手にオーダーしたものだ。ハルとユキ、老執事を数に入れたって到底食べ切れる量とは思えない。
一体この量をどうしろというのか?食べ切るのに三日はかかるぞ、それとも王侯・貴族にとっての食事とは"食べ切れないほどの料理をテーブルに並べる"ことで、それがマナーなのか…?夕食時だし…?
ダイニングテーブルを埋め尽くし、それでも足りずテレビ前のリビングテーブルにまで。そちらはブレッドやヨーグルト、フレッシュドリンクといった軽めの食事が並べられ。
大仕事を終えたスタッフ一同とシェフに「シャンパンはいかがですか?」と勧められたがそれだけは丁重にお断りした。
老執事は粛々とハルの傷を消毒し、軟膏を塗って丁寧にガーゼをあててくれた。
「本日は大変な一日でしたね…」
「は、い…あの、あいつは…?」
「ユキ様は必ず今夜中にはお部屋へお戻りになるそうです。ハル様もどうぞ今夜はこちらへお泊まりください」
「うん…」
身体のあちこちに散らばったあざや傷。それひとつひとつを労わるように丁寧に手当てされていくと、心の傷まで柔らかく撫でられているような、そんな気持ちになる。あたたかい老執事の心に触れて、じわりと目に涙があふれた。
「…本当に、大変な一日でしたね」
「す、いませ……」
そう言われて、慌てて涙を拭った。自分で自覚している以上に心にも体にもダメージを受けているようだった。
「…お食事を召し上がるご気分にはならないかもしれませんが、お身体のためにもすこしでも何か召し上がってくださいませ」
ハルの心を慮ってのことだろう、老執事はそう言うと部屋を去っていった。
包帯を巻かれて痛々しい姿になったハルは、ひとり残されたロイヤルスイートルームで大量のうまそうな最高級料理を見て途方に暮れた。
たぶんあれはフォアグラ。あれはキャビア。ステーキに乗っているのはきっとトリュフだ。
ステーキだけはなぜか豊富にオーダーされていて、産地や部位が違うのかは知らないが7種類ほどぼてぼてと並んでいるのを見て、獣人ってやつは…と呆れかえる。
もちろん高級ラグジュアリーホテルのルームサービスだからそれぞれのステーキは美しく皿に盛られているのだが、こうも何枚も肉が並ぶと「ぼてぼて」という擬音がぴったりで。
……まあ、せっかくなんで美味しく頂きますけど……
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たらふく腹を満たしても、テーブルの上の料理は一向に減った気がしなかった。すっかり冷めてしまったけどきっと帰ってきたあいつが片付けるだろう。
散策してみたらベッドルームだけでも3部屋あった。そのうち一番落ち着いた内装のベッドにごろりと横になると、あっという間に眠気が襲ってくる。
ふかふかのマットレス、清潔なシーツ、柔らかい布団とクッション。肌に触れるすべてが心地良くて、それらに身を任せてうつらうつらしていると、今日起こったことが全て夢であったような気さえしてくる。
待ってるわけじゃない。寂しいわけじゃない。
ただ、この部屋はひとりには広すぎるから。
…早く帰ってこいよ。
早くここに来て、おれに一発殴らせろ。
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