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23.団欒の朝食
「そういえばハルさ、保護区の報告書はまとめ終わったの?」
ユキがそう言ったのは朝食時だった。
獣人VIP専用の食事なのだろう、鉄板のうえに20kgはありそうな牛肉の塊がドンと乗せられていて、ユキはそれをナイフとフォークで切り分けてパクパクと口に運んでいる。精肉店や焼肉屋へ運び込まれるサイズのそれが『朝食』として注文され、そしてホテル側もその肉塊を当たり前のようにスイートルームへ運び入れる光景はなんとも珍妙だった。
ハルはその赤みばかり目立つ巨大な肉塊に胸焼けを起こしそうになりながら、キャベツとハムのサンドイッチをもそもそと口に入れては老執事が淹れてくれたコーヒーで喉に流し込んでいた。
老執事から聞いたが、暴行犯はあのあと老執事がひっ捕まえて直接警察へ突き出したらしい。最近あの近辺でオメガを狙った暴行事件が頻発していて証言や物的証拠も揃っていて、あとは犯人を特定し逮捕するだけの段階だったらしく、いまは牢屋にぶち込まれているそうだ。ハルもいくつか届出を書いて署で証言するよう求められているので、いずれ警察に行かなくてはらないと老執事に告げられた。
あの日カフェに置き忘れた荷物は老執事が回収していてくれて、洗濯済みの服とともに先程無事受け取った。
一週間も保護区に滞在し毎日記録し続けた資料や写真は膨大な数にのぼり、ハルは引き続き今日もPC作業に追われる予定だった。
そして…と思う。
ここにヒマそうな獣人族がいるのだから『手伝わせる』の一択だろ。
「資料まだまとめ終わってないからさ、おまえ今日ヒマがあったら手伝ってよ」
「え、いいの?」
モフ耳をピコンと立たせ、目をまん丸にさせるユキ。ご主人様に『よし』と言われ、嬉々として次の指示を待つわんこの顔だ。
「保護区にいるときにある程度はまとめておいたはずなんだけどさ、いま見返すとちょいちょい情報が足りなかったり穴があったりする部分があってさ…」
とハルはサンドイッチを齧りながらPCを立ち上げ、「これ」と写真データの一枚を指差す。シャーマンの家へ訪ねていったときに特別に呪具の棚の写真を撮らせてもらったものだ。棚に並んでいるのは植物の種をビンに詰めたものや焚いて場を清める乾燥ハーブ、煎じて飲む薬草や特殊な形をした石や動物の骨などだ。そのなかのひとつ、化粧を施した木製の仮面についての情報を書き漏らしていたらしく困っていたのだ。獣人族の祭事とシャーマン信仰の関係性を論文にまとめる上で欠かせない要素であるはずなのに。
「祭事関係が特に情報足りなくて。この仮面はどういう用途があるの?」
「あー、これは婚姻の祭りに使うやつ。シャーマンが被って太陽の神様と交信するの」
「なるほど」
「ハルとおれの結婚式のときにも使うと思うよ」
「……………」
「ハル?もしもーし?」
「執事さん、コーヒーおかわり頂いてもいいですか」
「かしこまりました」
ちょっとその件については深く突っ込まないでおこう。
・
「ユキ様。お野菜も召し上がってください」
「やだ」
「だだっこのように言うのはやめてくださいまし」
「野菜きらい」
毎日やりとりされる会話なのか、老執事も呆れ声を通り越して無になっている。老執事の苦労が垣間見える光景にハルも「好き嫌い言ってないでちゃんと野菜も食えよ。わざわざ執事さんが注文してくれてんだろ、それ」と呆れつつ助太刀をする。
「ハルが食べさせてくれたら食べる」
「は?」
こいつマジか?
レタスやラディッシュが色鮮やかに盛られたサラダボウルをハルの方へ押しやるユキ。いいでしょ?とピンと立たせたモフ耳ときゅるるん顔でオネダリしてくるスーパーイケメンに、ついついハルも負けて、フォークに差したレタスを恐る恐る獣人に差し出してみる。それを見たユキはパッと顔を輝かせ、モフモフの尻尾をこれでもかとぶんぶん振りまくる。
ぱくり。
(食った……)
もぐもぐ…もぐ……ごくん。
「ユキ様、お味はいかがですか?」
「葉っぱの味がする」
感想のへったくれもないセリフに老執事もいよいよ目が死んで「ハル様……」と助けを求めて、ハルも死ぬほどめんどくせえと思いながら二口目のサラダをフォークに山盛り刺してユキの口へ。
老執事とハルが吹雪のように冷たい空気を醸し出しているのに、当の本人はボールを投げてもらうのを待っている犬のようにキラッキラの顔でお口をあーんして、ぱくり。尻尾ぶんぶん。
「はい終わり。あとは自分で食え」
「えー」
ハルは"あーん"するシチュエーションが気恥ずかしくてさっさと切り上げたが、獣のモフ耳をぺたりと下げて悲しそうな顔をする獣人をちょっとカワイイと内心思ってしまったのは内緒だ。
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