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24.大学

「ここがハルの通ってる大学?すごく生徒数が多いね」 「は、はは……」 「ユキ様、ハル様、こちらでございます」 抜けるような青空のもと、キャンパスの門をくぐった。ハルはすれ違う生徒がみなこちらを振り返るのに居心地の悪さを感じていた。高身長、高容姿なだけでも人目を引くというのに、更に身なりも良く、しかもモフモフの耳と尻尾…とあらば注目を集めて当然だ。 獣人の王族であるユキは本来ならば学校総出で迎え入れられるべき賓客だが、今回は「ハルの普段の生活を見たいから」というユキの意向もあって「お忍び」でのキャンパス来訪だ。理事会へ連絡を取ってくれた老執事は「騒ぎになるといけませんから、こっそり行きましょうね」と言って、念のためボディガードを5人付けてて、いざ正門から入ったのだが… 「キャー!テレビで見たひとだ!」 「本物すごいかっこいい♡」 「一緒に写真撮ってほしい♡」 キャンパスを一歩進むたびに湧く、黄色い歓声。 『校内に突然イケメン有名人が現れてワーキャーする』この流れめちゃくちゃ少女マンガでよく見るやつじゃんとハルは思ったが「有名人を連れて歩いてる」のが自分だというのが非常に滑稽だ。万が一のためにと老執事が用意してくれた5人のボディガードが、ここで役立つなんて。 ハルとユキを取り囲んでいる人影の向こうに、普段つるんでる仲間うちの姿が見えて、ハルはしまったと思う。黒髪、黒縁眼鏡、チェックのシャツにリュックサックという根暗オタクルックの友人らが「うわっ!なにあれ獣人!?」「ってか隣にいるのハルじゃね!?」と騒いでるのが聞こえてくる。たぶん絶対、今度会った時に問い詰められるだろうと思ってうんざりした。 「こちらの大学校は創立から160年を超え、現在は小学校から大学・大学院までを擁する、日本で最も長い歴史を持つ総合学塾として幾多の人材を輩出しているそうです。学問、とくに実学の重要性を説いた創立者の志と理念を受け継ぎ、教育、研究、医療を通じた社会へのさらなる貢献を目指し…」 老執事が下調べをしてきてくれたというのにユキは右から左で、あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロ。物珍しいのだろう。 「だいがくって初めて来た!広いんだね〜敷地内の建物は全部教室なの?」 「教室は半分くらいで、研究棟のほうが多いかな。生徒のための施設というより、大先生や教授たちの詰所ってところ。あっちの建物は研究センターで、大学としての地域と連携して新産業・新事業の振興を推奨・研究開発する拠点として使われてるし、こっちの建物は大ホールでしょっちゅう研究成果発表のフォーラムとか開いてる」 「ふうん」 「食堂の定食はうまいよ。カフェテリアもあるし」 「行きたい!」 「うん、あとで寄っていこう」 キャンパスを大きく横切るように進むと、重要文化財指定建造物である旧図書館が見えてくる。青空に映える、壮麗な赤レンガと白い花崗岩はうちの大学を象徴する建造物で、ゴシック様式の壮麗な外観は人の記憶に強烈に焼き付く。 せっかく来校したのだからと建物内に立ち寄り、2階に上る階段の踊り場にある色鮮やかなステンドグラスをユキに見せてやる。これだけでも来校した価値はあるし、こちらも"校内を案内する"目的を果たした気になれるので一石二鳥だ。 ・ さて、ここで『大学院の研究室』というワードに"頭のいい人が集まっているんだから清潔で居心地がいい環境が整っているはず"、"眼鏡と白衣の学生と教授がビーカーとフラスコに囲まれている"とかいう光景を想像する方は、ぜひいますぐグーグル画像検索をして頂きたい。おすすめワードは『大学院 研究室 汚い』だ。 大学院の研究室は雑然・混沌としているのが常だ。参考書や辞書、かき集めてきた論文、標本などの一次資料、開けられていない段ボール、卒業生らが持ち帰っていない雑品、古のフロッピーディスクの山、謎のCD ROM、粗大ゴミに出すのをめんどくさがって部屋の隅へ追いやられたあげく物置台と化している椅子、過去に誰かから贈られた謎の仮面やら木彫りの熊やらの土産品多数。つまり研究室が混沌と化しているのは、過去に誰かが持ち込み、そのまま一生をそこで過ごすことになったモノたちが累積するからである。 そこへ、いま在籍している者たちが電子レンジやトースター、電気ケトル、冷蔵庫などを持ち込み、さらに混沌と化している。 「言っとくけどま〜〜じで汚いからな!」 「ハルが普段どんなとこで勉強してんのか興味あるから大丈夫」 「男所帯だからマジでヤバいよ。時期じゃないからまだいないけど、論文とかが切羽詰まると研究室に寝袋持ち込んで寝泊まりするやつらが多くてさ……三日風呂入んないなんてザラ!」 「うわぁ……」 かくいうハルもそのひとりなのであるが、それは黙っておいた。男だらけの研究室など、コストをかけず効率を優先した結果小汚くなるのが常であるし、研究室の寝泊まりは代々先輩から受け継がれている伝統なのでハルの代で廃れさせるわけにはいかないのである。 「ここがけんきゅーしつ」と研究室のドアを開ける。いくつも設置されたスチールラックは上から下までびっちり本で埋まり、余った本の上のスペースに平積みされ、さらに溢れた本はデスクや段ボールのうえに乗せられている。 「で、これがおれが使ってるデスク」 椅子に座るなりPCを立ち上げ、SDカードを差し、先ほどまでカフェで作成していたファイルを研究室のPCへ移した。念のためバックアップも取っておく。 (はぁ…やるか…)

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