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25.手

レポートまとめがひと段落したのは夕刻過ぎだった。現代社会における獣人族の生活変異と呪術の項においては、当事者である獣人が手伝ってくれた(主に老執事が、だが)のもあって大分はかどり、報告書の完成まであと半分といったところだ。 半日以上PCに向き合いっぱなしだったハルはあくびをしながら大きく伸びをして、身体の凝りをほぐした。だめだ、身体がバキバキだ。気分転換が必要だ。 約束通り校内のカフェテリア(生徒や職員、来客者のために遅い時間まで営業している、校内の憩いの場だ)でコーヒーを買い、夜のキャンパスをふたりで歩いた。活気にあふれた昼の校内とは違い、街灯や窓の灯りはほどよく木々に遮られ、ムードある夜の情景を演出している。 「きれいだね」 「うん」 会話はそれ以上続かないし、続ける気もなかった。 長時間集中してレポートに取り組んで疲弊していたのもあるが、こういう『会話のない時間』も苦痛に感じなかった。長く知り合っている友達でも家族でもないのに、いつのまに自分達は無言を楽しめる間柄になったのか、それがハルには不思議だった。 ただ隣り合って、コーヒーを片手に、静かに静かに、イルミネーションのように輝くキャンパスを歩く。 夜風がすこし肌寒く感じて、ハルは隣を歩くユキの横顔を見上げる。高身長、美丈夫、ツンと前を向いた三角の耳。形のいい薄い唇が開いて、ストローを咥えた。 (前ばっかり見て) (……こっち見て、くんねぇのかな) そう思うと心がたまらなく寂しくなって、ハルは歩きながらユキのモフモフ尻尾をギュ、と握った。 「わ!?なに、びっくりした」 「うん」 「なに?どうしたの?」 「いやなんとなく……」 心がさわさわして、寂しかった。 20を過ぎた男が、そんな女々しいこと言えるかよ。 口をつぐんだハルに、ユキは首をかしげる。 「…そーゆーときはさ、」 「わ!」 「こーやってするんでしょ」 尻尾を掴んでいた手を取られ、指を絡められた。 恋人繋ぎだ、と思った。ハルより大きくて、あたたかな手のひら。ぐっと近づきあって、身体がかすかに触れ合う。 どきん、どきんと心臓が跳ねる。 …ちくしょう、手、繋いだくらいで、なんだってんだよ。 身長差で合わなかった歩幅は、手を繋いでゆっくり一歩一歩進むことで縮まった。一歩、一歩、踏み締める。ハルを引っ張っていく、包容力のある大きな手のひら。 誰かと手を繋いで歩くと心がぽかぽかするのだと、初めて知った。 静かでゆったりとした夜の風。手を繋いだ所から、心があたたかくなっていく。 こういう、ふたりで過ごす時間のひとつひとつが思い出になっていくんだろうなと、ふと思った。そしてこの道の先にこの獣人との未来が待っているのだろうなと思って、すこしずつ心変わりし、気持ちが固まっていく自分を自覚していた。 ひとりでは肌寒く感じたはずの風は、ふたりならもう大丈夫だった。

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