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28.質問
「ハル様、お茶をどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
報告書づくりの途中、何度目かの小休憩である。ユキは「キジ取ってくる」と席を立ち、ハルは老執事セバスチャンとふたりきりで研究室にいた。
老執事とふたりきりになる機会はあまりない。ユキに直接聞きにくいことを、王家に詳しい人物に尋ねるチャンスである。
「あの、正直おれ迷ってるんです」
「はて…」
人の良さそうな笑顔を浮かべる老執事。ハルは聞き役に徹してくれるセバスチャンに感謝しながら言葉を紡いだ。
「婚姻に関してまだはっきりとお返事することはできませんが…あいつはおれを娶る気でいるみたいですし、王様のほうからも良い言葉を掛けて頂いてます。でも、お城の内部ではどうでしょうか?身分違いの婚姻について賛成意見、反対意見が割れているのではと思います」
「はぁ、左様でございますか」
にっこりと老執事は笑んだ。
「まずは、ユキ様からの申し入れを真剣に考えていてくださることに、わたくしからお礼を申し上げます」
「はぁ」
「我が王から直々に、ユキ様とハル様のサポートをするようにと仰せつかっておりますので、ご質問に関してはわたくしにできる範囲でお答えしたいと思います」
「はい」
「身分違いの婚姻について、城内部の賛成、反対意見はどちらもあると申し上げておきましょう。国家とは常に保守的なものです。反対意見を揉み消して賛成意見の者のみ残すのは簡単ですが、しかしそれはもう議会として成り立ちません」
「そうですね…」
「わたくしのできる範囲でサポートはさせて頂きたいと思っております…いまは、以上のお答えでお許し願えますか?」
ハルは頷いた。婚姻が済むまでは自分も部外者だということだ。今回の質問の意図は、身分違いの婚姻漫画あるある・意地悪をしてくる役人がいるかどうかを訊き出したかったのだが…やはりどうやら"いる"らしい。前情報があるだけありがたい。
「王族の公務とはどういったものでしょうか?王妃も当然関わりますよね?」
「左様でございます。王室が抱えている公務は年間3000件以上に及びます。所領の管理や諸外国との交流・貿易、式典への参加、祭祀、福祉施設や福祉団体への訪問…ロイヤルファミリーで分担してはおりますが皆さま多忙を極めております。王妃さまであればその中いくつかのご公務を兼任なさるでしょう」
「そうですか」
「…我が王は早く孫の顔を見たいと申しておりますが、そちらについてはおふたりのタイミングもございますし…いずれ、追々でよろしいかとわたくしは思います」
老執事は言葉を濁して微笑んだ。
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「さっき何の話してたの?」
「ん、あぁ、お前のとこの議員で頑固なやつとか面倒臭いやつとかいるのかって話」
「あ〜、いるね。ほとんど全員が頑固なおじいちゃんだよ。頑固かスケベかってかんじ」
「まあじじいなんてそんなもんだよな」
「元気そうで何よりだよ」
「うん」
「タヌキじじいもいるね」
「イヌなのに?」
「タヌキは犬科だよ」
15時過ぎ。
平日真っ只中である。本日ぶんの報告書作成は早めに切り上げて、ハルとユキは街中を歩いていた。
ハルはせっかくの来国なのだからと観光名所を巡るプランを提案したが、ユキはシンボルタワーや宗教的・歴史的建造物よりも、ウィンドウショッピングをしたいと主張していたので、クレープを食べながらの街探索である。
ハルは普段通りの服装だが、その隣のユキは有名ブランドのサングラスで前髪を上げ、きれいな眉と、すっと通った男らしい鼻筋を顕にしている。雑誌からそのまま出てきたモデルのような容姿で、人目も憚らずモフモフの耳と尻尾を堂々と出しているので、めちゃくちゃ目立っている。それがタヌキだのイヌだのと話しながら、後ろに黒服(ボディガード)を数人引き連れて歩いているので、きっとテレビか何かの撮影だと思われているのだろう。ユキの姿とオーラに目を奪われた人並みが左右に割れて「どこの事務所のモデルだ?」「あの耳は本物?」「ドラマの撮影かな?」「まさか獣人がこんなところにいるはずがないし…」と戸惑いつつ、人々がスマホのカメラを向けてくるのに、ボディガードたちが「撮影はご遠慮ください」と言いながらガタイのいい身体で群衆を威圧していた。
ファッションブランド、ギャラリー、カフェが軒を連ねる繁華街。ウィンドウを物珍し気に眺めるユキはひどく上機嫌だ。なんでも、諸外国を訪問する際は政府関係者や身辺警護、メディアを大勢引き連れた大パレードになるらしく、とてもじゃないが観光などできないのだという。「ちゃんとしなきゃいけないから肩凝るんだよね」とヘラヘラしながらユキは言った。ハルは先日のニュース番組で、キャスターにマイクを向けられていた獣人族の貴公子を思い出しながら「けっこう大変なんだな」と言った。
「あ、ねえステーキランチだって!」
「このお店、鉄板でお肉焼くんだって!」
「熟成肉!」
「ローストビーフ!!」
カフェやレストランの立ち看板を見るたび、肉食の犬科獣人族ユキが嬉しそうに跳ねる。
(そっか、おうじさまは食べ歩きとかしないんだな)
目をキラキラ輝かせるユキが微笑ましくて、ハルもつられて笑顔になる。
「ランチには遅めだけど、どこか入る?」
千切れんばかりに振られるモフモフ尻尾。
「入る!入る!店どうしよう?さっきのシャトーブリアンも美味しそうだし、限定肉肉ハンバーガーとかもすげー惹かれるし…ねえどこがいいと思う?」
「えっ!?」
悩んだかと思うと、突然後ろを振り返って黒服に訊くユキ。ハルも驚いたし、黒服も驚いた。
「え!?私ですか!?ううん、そうですね、我々も同行しますので、この人数の席が空いている店で…目立つと良くありませんので、なるだけ個室がよろしいかと…」
「さすがじゃん」
「じゃあ鉄板焼きの店は?個室あるって看板に書いてあったじゃん」
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