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29.肉の味

『最高の部位を集めた堪能コース』 付け合わせ サラダとキムチ・ナムル五種 サーロインの炙り寿司、ユッケ、牛のさしみ 焼きもの サーロインステーキ、ヒレ、イチボ、極上タン塩、極上ハラミ、極上ハラミ、極上タン塩 本日のタレもの ザブトン、うちもも 本日のホルモン シマ腸と上ミノ 〆 牛だしのお茶漬け デザート アイス(バニラ・いちご・マンゴー・黒糖きなこ) ・ ・ ・ 「うっっっま…………」 サーロインの炙り肉寿司をひとくち頬張ったハルは、思わず呟いていた。 なんだこれ!? 肉の脂のうまみがヤバい!!! 「うますぎる!」 「ん、おいしいね〜〜〜」 喜怒哀楽をあまり表に出さないハルでも、ついつい顔が綻んでいく。おいしいものは人を幸せにする。 ハルが一口、一口を丁寧に味わって食べているのに、ユキは雲でも食べるかのように大きな口にばかばか放り込んでいる。 「ちゃんと味わえ!」 「味わってるけど?」 「ちがう、噛み締めるんだよ!」 「ちゃんと噛んでるよ」 「は〜〜…言葉遊びしてるんじゃねえんだよ…」 「?」 ディナータイム肉堪能コース7000円〜なんて、なかなか庶民には敷居が高い。誕生日や何かの記念日、自分へのご褒美…等々、めでたい口実をつけてようやく味わえるほどの美味しさだというのに、このボンボンは… 「生き物の命をありがたがったり、用意してくれた人にお礼を言ったり、おまえんトコにそういう文化はないの?」 「…その質問にはなにか意図があるの?」 「うーんと…いまおれは自分の国の文化を例に挙げて、そっちの文化との違いについて理解を深めようとしてる…ってところかな」 「なるほど。付き合うよ」 「まず、うちの国にはいただきますって言葉がある」 「へえ?」 「食事を始める際の挨拶で、こうやって手を合わせていただきます、って言うんだ。意味は大きく三つ。命をもたらしてくれた御仏への感謝、食事になることで犠牲になった食材の命への感謝、料理を作ってくれた人への感謝だ」 「お肉だけ?」 「食事全般だ。食材が植物であってもいただきますをする。このときの合掌とお辞儀は祈りの動作と似ていて、丁寧な和の心が見えるの、かイタダキマスを好む外国人は多いって」 「いい文化だね」 ユキは網の上で焼けた肉を、それぞれの皿へ乗せた。 ハルは肉を噛み締める。脂が舌の上でとろけて、噛むと口の中に甘みがじゅわりと広がる。 「生き物や神に感謝する点では俺の国も同じかな。命を刈り取ったあとにすぐ、シャーマンを通じて神に感謝をする」 「あぁ…狩りなのか」 「獣人は子犬で生まれるでしょ?そのときに、親が狩りを教えるんだ。小さなネズミやウサギをね」 「へえ」 「6.7歳になってヒトの形を取るようになっても、遊び感覚で狩をする。友達とどっちが獲物を早く捕まえるか競争したりね。獲物を家に持ち帰ったら母親がシャーマンのところへ連れて行ってくれて、そこで簡単な祭儀をしてくれる。近年じゃ分業も進んでるから、大きいものは狩をする職業のひとに任せてるけどね」 「なるほど…うちの国の屠畜場はそこまでやらないかな…鎮魂碑はあるかもしれないけど。あまりメジャーな職業ではないよ」 「命には感謝するけど殺生は嫌煙するんだね」 「そうだな」 (なるほど…獣人のことを院で専攻して知ったつもりでいたけどまだまだらしい) (今度教授に会ったときにも聞いておこう) 「おまえも狩りを教わった?」 「うん」 「どうやって仕留めるんだ?牙?」 「そう、ガブリとね」 「どんな感覚なの」 「そうだなぁ…そのときは興奮してるからあまり何も考えてないかな…狩りは本能だから。獲物を追いかけるのは楽しい。鹿なんかは、追いかけて、爪で引き倒す。喉に噛みついて…肉がぶつりと裂ける…血でべたべたになるよ」 「…へえ…」 「大きいものは時間が掛かる。こと切れてからもしばらく噛みついたままでいたりする。興奮して、狩猟本能のほうが勝ってるときに周りが手を出すとケガをする危険もあるし、人型になりづらかったりもするから、落ち着いてくるまではカミカミしてるね。ネズミなんかはもう、バリバリして丸呑みしちゃうけど」 ハルは、獣の姿にもどったユキを思い出してみる。犬やオオカミによく似た、3メートルの巨体。地を踏み締める強靭な四つ足。自分よりはるかに強い肉食獣。それに追い立てられ、捕まり、ブツリと喉笛をやられるのはどんな気分がするだろうかと考えて、ハルはぞくりと震えた。 ずらりと並んだ大きく鋭利な牙。濃い色の艶やかな毛並み。金色の目。…獲物の血に染まる、美しい獣。 「人型と獣の姿は、どっちが本来の姿って感じがする?」 「え?ううん……獣のときのほうが、自由を感じるかな」 「へえ」 「なんだろう…感覚が全部鋭くなるし…風の匂いを嗅ぐだけでいろんなことがわかる。それに、強くなった気がする。すごく早く走れるし…気持ちいいよ」 「あぁ…」 それは、そうだろうなと思う。獣になったユキの背中に乗せてもらったときは、本当に気分が良かった。なにもかもを後ろに残して、風のようにただ前へと走る。 子どものころ『はてしない物語』の幸いの竜に憧れていた。日本昔ばなしのオープニングの竜にも。好きなように空を飛びまわるのはどれだけ気持ちがいいだろうと、飼っていた犬の背中に跨ってみたものだ。 「ヒトのときは制限が多すぎる。服を着なくちゃいけないし…道具も使わなきゃいけない。色々と不便を感じるよ」 「ふうん…考えたこともなかった」 「オシャレをするのは楽しいけどね」 「そういえばおまえ、アクセサリーとかしないよな」 「そう、かな…意識してなかった」 「金持ちならこう、やたらめったらモノ買ってギラギラさせるもんじゃないの」 「う〜ん、そうかも…あ、でも、指輪は欲しい」 「指輪?」 「そう、指輪!」 「この通り沿いに店あると思うけど。あとで寄る?」 「うん♡」

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