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39.経済を回せ

夕食時。 暖炉、シャンデリア、クロスの掛けられた長テーブルのあるダイニングルーム。 「毎度、質素な食事ですまないね」 「そんな…滅相もないことでございます」 毎日カップラーメンとコンビニ飯だったハルからしたら、テーブルに座るとメイドがかしずいて飲み物と食事を運んでくれるこのシステムだけですごいことである。 城の主人と穏やかに食事とワインを飲み交わすハルは、メイドたちに身辺の世話を焼かれることにまだ慣れていない。 「ハルくんがここに来てからどれくらい経つのだっけ?」 「今日でちょうど一週間ですね」 「そうか、もうそんなに経つか。生活にはもう慣れたかな?」 「まだまだです。すこしでも出歩けば部屋にすら戻れない始末で…」 「このまえも馬屋のあたりで迷子になってたもんね」 「そうかあ…獣人ならば匂いで戻れるんだがなあ」 「はは…」 その言葉に他意はないのだろうが、この広い保護区で自分だけが異端なのだという意味に受け止めてしまう。 かつて、世界の産業、工業技術が爆発的に発展した時代がある。各国は、ほかに遅れを取るまいと躍起になって、国益を賭けて技術革新と工業生産技術革新に乗り出し、さらに大規模な原料供給地を求めた。植民地問題、環境汚染問題、様々な負の文化を生み出した訳だが… そこで目を付けられたのが、この地である。肥沃な大地の下には、黄金とも言うべき豊富な化石燃料が埋まっている。地理的条件が整い、資源の潤ったこの地は、他国にとって政治的・軍事的に利用するに十分な魅力があった。大陸の一部であり、また海へと続く河川があることも悪き要因だった。 土着した先住民族である獣人たちは、先祖伝来の地であり、精霊の眠る聖地を守るため、当然これに対抗したが… 獣人たちの強靭な四肢と牙は、大砲と戦車には敵わなかった。 「我々の先祖が守ってきたこの聖域を、世界連合によって獣人保護区として認定されたのがおよそ◯百年前。世界史上で見ればつい昨日の出来事よの」 戦争歴史文化館で、ハルも戦禍の記憶を目にしたことがある。焼け落ちた森、焦げた崖の写真。そして『犬の獣人族の剥製』とキャプションボードを添えられた、彼ら彼女達たちの朽ちた姿。ガラスの向こうに閉じ込められ、乾いた泥が付着したままの薄茶く汚れた毛皮。ハルは青ざめ、立ち尽くした。彼らの体を清めてやりたいと思うが……仮に毛皮を清められたとしても、彼らの魂は一塵も報われないのだ。民族間の支配と侵略の歴史による、負の文化遺産。 獣人族存続の危機。世界戦争勃発もあわやと言うところで、不可侵条約が結ばれた。『獣人保護区』と銘打って世界協定で管理・保護することで争奪の歴史に終止符を打ったのである。 先住民である獣人はその土地の守護者という位置で『自治』を任されているという体だが、環境問題、地球規模での国家経済ランクの均衡を保つ等様々な理由のため、実際のところ化石燃料採取量やそれによる利益は世界協定に厳重に管理されている。 「この城は◯代前の王が建てたものでね。自由奔放を極めたお方のせいで、いまだに我々は苦しめられているのだよ」 王が、暖炉の壁に掛けられた油絵を指す。 豪華な額縁に収まった、王冠を被った恰幅のいい紳士の肖像画だ。 世界協定は、半永続的に『獣人保護区』を存続させる予定であったそうだが、しかし、当時の国王が条約を一時的なものと勘違いをし、自由を許されているうちに好きなことをしてしまおう、と世界協定の定めを無視し、独断で化石燃料を世界にばら撒き、建城をしたという。 「国の威厳に関わることだ、城を捨てたくても捨てられん。仕方なく住んでるといっても過言ではない。それに彼は商人の勧めるものを片っ端から購入したらしくての…『どんな物でも買う国王がいる』と噂を聞きつけた行商人が詰めかけるようになってな、おかげでいまでも地下はガラクタの山だ。…いやすまない、来たばかりの君にこんな先行きが暗い話を」 「いえ。続けてください」 「はぁ。愚痴を言う相手がいるのは助かるよ。ユキは聞いているのかいないのか分からんし…」 「きーてるよ」 話を聞いてはいるが嫌味は効いてはなさそうなユキ。 ハルは院で学んだことを思い出して、王の話にフォローを入れる。 「たしか、化石燃料の埋蔵量が高いとか」 「おお。勉強してきてくれたのか?そう、石炭、石油、天然ガスの優良産出・輸出地だ」 広い獣人保護区。豊富なエネルギー資源を眠らせた莫大な土地は宝の山だとも言える。 「化石燃料は有限資源なのですよね?」 「そう、有限だ。化石燃料は堆積した動植物などの死骸が地中に堆積し、長い年月をかけて地圧・地熱などにより変成されてできたものだからな。我が保護区に残された石炭はあと約五十年分。石油、天然ガスも同じように調査機関から期限が言い渡されておる」 「掘り尽くしてしまったらどうなるのでしょうか」 「そこを議会で話し合っておるんだ。利益は世界協定に掠め取られておるし…そもそも我々は自然と共に生きる種族ゆえ、身の丈以上の物は要らなんだがな。今は世界協定によって国も保護されて、国益に判を押されておるが、化石燃料が取れなくなれば条約取り下げの懸念もある。そうなったら、今後どうやりくりしていくべきか…」 「なるようになるよ」 「ユキ。いくら鷹揚に構えていてもそういう言い方はいかん。慎重に話し合いを進めていますとか、検討しておりますとか、威厳を持って話をしなさい」 「わかってるって」 「はぁ…ハルくん。こんな出来の婿を持たせてしまってすまないな。でもやる時はやる子なんだ、本気になるのが遅いだけで…もごもご」 「ふふ。わかってます」 「老後の心配はしたくないんだがなぁ。ユキ、もっとしゃんとして早く母さんを安心させてやりなさい」 「ふぇい」 (はい)(もぐもぐ) 「ちなみに、ハルくんはなにか新事業のアイディアはないかね?」 「獣人保護区は観光地化は為さらないのですね?」 「そうさなぁ。その案も議会で取り上げたんだが頭の硬いジジイどもに否決されてなあ。観光地化して外部から人を呼び寄せると、やれ先祖代々伝わる神聖な土地が汚れるだの、道路整備の予算だの、万単位で人が増えればそれだけ食料や下水道(トイレ)の使用もかさむだの言われ、断念したよ」 たしかにモフ耳、モフ尻尾で世界から愛されている獣人が保護区を解放したと聞けば、世界中の人々が万単位で押し寄せるだろう。しかし、観光地化はハイリスク、ハイリターンである。観光地化した富士山が、一九九四年、年間約三千万人訪れる観光客によるゴミ被害やトイレの汚水問題で「世界一汚い山」との烙印を押された事件もある。 「おれはアイディア出したよ」 「そうなの?なに?」 「モフ・ストラップ。知ってる?」 ユキが見せてきたのは、濃い色の毛がモフっと束ねられた手のひらサイズのストラップ。 「これ俺の毛」 「は?」 「換毛期でめちゃ抜けた毛をまとめてストラップにして、メルコリで売った」 「は?」 獣人の王子の毛を? フリマアプリで? 国家の沽券に関わるのでは…? 「獣人の歯は何度も生え変わるから、抜けた俺の牙をチャームにしてみた。可愛くない?」 モフモフの毛束ストラップにぶら下がった動物の牙。それもまさか自前だなんて…!? っていうか、貿易だの地下資源だの大規模な話をしてるのに突然ストラップ製作でお小遣い稼ぎ〜なんて主婦の副業のような、食うに困って臓器を売る浮浪者のような話をされても… とハルは驚きと呆れの気持ちで獣人の王を見ると、王は既に知っていたのか、やれやれ…と疲れ切った様子で首を横に振った。 「結構良い値で売れるんだよ。おれたちの新しいおうちも、その稼ぎで建ててるし」 一体どれだけ稼いでんの!? 「いい商売になるから、有志を集めて国を上げた一大ビジネスにしようっていってんだけどお父様も議会もうんって言ってくれなくてさ」 「そりゃそうだろ。でも、う〜ん…ブランド力を利用して商売をするのは良い手かもしれない……」 うーん、と悩みだすハルを見て… 獣人の王は『この婿にしてこの嫁ありか』と複雑な表情を浮かべた。

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