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59.遠距離恋愛、二日目、夜

結局、ハルが今朝送った『おはよう』連絡に返信は無かった。 (会合が忙しいのかもしれない) (そうだよな、あいつも疲れてるかも。昨日半日掛けて移動して、夜遅く寝て、今日も会合とかあったんだろうし…) (おれのこと気に掛けてる暇なんて、無いよな……) (でも、とりあえずケンカのことは謝っておこう) 『この前はごめん』20時10分 『ちょっと色々言いすぎた』20時14分 スマホのトークでそう送って、風呂に入り、寝る支度をし… 歯磨きをしながら、スマホをチェックした。 「まだ何かやってんのかな」 もう21時だ。昨晩は遅くまでもてなされていたらしいが、まさか今夜も食事会や宴会が開かれているのか。 何も分からない。 せめて既読だけでも欲しいが… ハルがスマホを眺めるのに飽きて、ベッドに潜り込んだ所でようやく返信が返ってきた。 『ごめん、全然返信できてなかった』21時24分 『この前って、何のこと?』21時24分 『まだ起きてる?』21時25分 起きてるよ、ケンカしたじゃん、覚えてないの?とハルは返信する。それにはすぐに既読が着いて、トークも返ってきた。 『ケンカ?そんなことしたっけ』21時26分 『いま電話していい?』21時27分 (やば、いまキュンとした…!) (電話していい?って…///) トークのラリーが続くと、嬉しい。そして自分が求められているのも知って、更に嬉しい。 だがここはツンデレのハルくんである、ジタバタしそうになるのを堪えて、しっかりツンで返していく。 『いいけど、なんで?』21時30分 『声聞きたい』21時30分 (っあーーーーーー…ダメだ、萌える……………) 嬉しい。嬉しい。 昨日今日と喪失感を味わっていた分、反動がデカい。 もし今ハルに獣人のように尻尾が付いていたら、スマホ片手に枕に顔を突っ伏して悶えながら尻尾をブンブンと振り回していることだろう。 (おれも、声、聞きたい) 双方の矢印が互いを向いていることが、こんなにも嬉しいなんて。 これが両思い。これが遠距離恋愛。 『会えない時間が絆を深める』とは良く言ったものである。 ハルは、遠く離れた場所にいるユキから送られてきた『電話していい?』『声聞きたい』の文字を、ドキドキしながら何度も読み返す。 そしてーー 『おれも、お前の声聞きたい』 と送った。 ハルは、自分の心の柔らかい部分を誰かに見せることが得意では無い。 特に、甘えたい、甘えられたい、そういった恋人同士の乙女な感情を取り扱うことが苦手であった。 しかし、スマホなら簡単にできる。感情をセリフに乗せずとも、指先ひとつで送れるのだと、この時初めて知った。 さて、送ったはいいがーー (え、おれから電話掛けるのかな…?) (向こうから掛けてくる…?) トーク画面のラリーをドキドキしながら見守っていると… 『着信』の文字が。 「う、わ、ほんとに電話きた…!」 (なんだこれ、なんでこんなにドキドキすんだよ…!!!) よく考えてみれば、ユキと電話するのは初めてだ。新婚なのに、と思いつつ、緊張で震えそうになる指で着信の文字をタップする。 スマホを耳に当てると、『…ザザザ…』と雑音が聞こえる。 「も……もしもし………」 『…ザザ……』 「…?」 『……、、………、、……』 雑音ばかりだ。 「もしもし?聞こえる?」 『……、、………、、……』 「そっち電波悪りぃの?」 『……、、………、、……』 「おーーいユキたーん」 『……、、………、、……………ハル?……』 耳に響く、甘く低い、優美なテノールの声。

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