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63.侮辱

「…は?」 今、何と言われたーー? 聞き間違いか?何かの値段を訊かれたような… 「オメガってのは身売りして暮らしてるんだろ?おまえはいくらでやってたんだ?」 「は…?」 「俺も若い頃は相当モテて慣らしたけどよ、オメガのアレってのはどれくらいイイのか気になってよ。まあ発情期のメス犬のオメコに勝てるわきゃないんだけどな!わはは!!」 ハルは開いた口が塞がらない。 「ここだけの話よ、ボルゾイ系のメスが一番濡れるぜ。次にイイのはダルメシアンのオンナだ。腹も尻もキュッと締まっててよ〜、イク時ァ無茶苦茶締め付けてきやんの!ギュウギュウに締めて媚びてきやがるから、問答無用で種付けしてらにゃあ…って、お前はオトコオンナみたいなもんだからな〜、で、チンコは付いてんのか?」 部屋に二人しかいないのを良いことに、上機嫌に下ネタをぶっこんでくるタヌキイヌ。 恐らく取り巻き達と、こういった下品な話を日々繰り広げているのだろう。 やれ誰の乳がでかいだの、 やれ誰の尻がでかいだの… 特に団塊世代の男身内だけで行われるこれらのセクハラは、社会に出る女たちにとって日常茶飯事とも言える。性を売り物にしている訳でもないのに、男たちのくだらない、下卑た話の種にされる屈辱。 オメガであるハルも、もし社会に出ていればそれらの餌食になっていただろう。しかしハルは大学院生であり、教授や講師などの善良で紳士的な人の輪の中で暮らしていた、言わば温室育ち。 オメガ蔑視、女性蔑視、露骨なセクハラ発言。 恐らく、アルファ、ベータ、オメガについての偏った知識に、タヌキイヌ自身の独自の性理論が合わさってヘビーになっているのだろうが… 間違いを指摘する気にもならない。 指摘した所で、平行線になるのが目に見えてる。 「しかしウチの王子さんもなかなか嫁さん貰わないとは思ってたけどよ、まさかホモだったなんてな!ナハハ!」 「うるせえじじいだな!!!」 バン、とハルは執務デスクを叩いて立ち上がった。弾みで椅子が倒れたが気にせず、ハルはタヌキイヌの胸ぐらを掴み上げた。 「オメガは性弱者じゃねえし、人権だってあんだよ」 「お?…っはは、やる気か?」 啖呵を切るハルにタヌキイヌは一瞬たじろいだが、主導権を取り戻そうとやり返してくる。 「お前の発言は非常に不愉快だ。これ以上くだらないことを詮索するようなら訴えるぞ。失せろ」 「肝っ玉のちっちぇえ男だな」 「おれの玉の心配よりお前は自分の地位(タマ)の心配してろ」 タヌキイヌの股間すれすれを勢いよく踵で踏み付け、睨むハル。 「生意気な…」 「よく考えて話せ。お前の発言は今後ボイスレコーダーに録音する、社会的に抹殺するぞ」 以前暴漢被害に遭ってから、大学の選択カリキュラムで暴漢・セクハラ対策講習を受講していて良かった。 合気道の要領でタヌキイヌの関節をキメると、タヌキイヌはギャンギャンと見事な悲鳴を上げた。 「痛ぇ!痛えって!」 「もう俺のことも王家も侮辱するな。分かったな?」 「分かった!分かった!」 「よし」 躾の出来ていないバカ犬がこんな所にもいたとは。 セクハラをスッキリ成敗した達成感というよりも「そんなオツムでよくこれまでやってこれたな」と哀れな気持ちになった。 これは、ユキの帰国が遅くなった鬱憤をタヌキイヌを虐げて晴らしたのではなく、 主従関係は早いうちに身体に覚えさせた方がいいから、仕方なく教育的指導を…とハルは心の中で自分に言い訳してみる。 普段素直で大人しい人物がキレると一番怖い、を地でいくハルであった。 「お、おい、お前ヒマだろ、明日付き合えよ」 「明日?」 「催事場で現場仕事がある。つまらん仕事だがトップの同行と承認が必要なもんで、王と皇太子が戻ってこないのならこの際お前で構わん。午後13時に来い。詳しい場所はあのボンクラ使用人に訊いとけよ」

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