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64.遠距離は辛い
夕食の席から拝借してきたワインを片手に、部屋へ戻る。
『そっち、大丈夫か?帰国が遅れるって聞いたけど大丈夫なのか?』
夕食を終えても、ユキから返信はない。
グラスにどぼどぼと注いで、一口、二口、とワインを煽る。
渋いワインの味。焼けるような喉の熱さ。
布団でごろごろしながら、スマートフォンでニュースサイトを開く。
『獣人国の首脳会談 持続的発展テーマに意見交換』という見出し記事が載っていた。
『蛇族の国と犬獣人の王との首脳会議が、蛇族の国の首都で行われている。
今回の首脳会議では、両地域の共通の関心と深く根ざした歴史的な結びつきに触発され、共通の関心事である地域的・国際的問題について意見交換を実施したーー』
『さらに、両地域のパートナーシップの将来への共通のビジョンとともに、国際連合憲章に具現化された価値観に基づき、2つのダイナミックな地域間の協力を通じて活用できる成長機会を活用するため、パートナーシップを向上・発展させる方法について話し合った』
『またこの日、犬獣人国王とユキ皇太子は、蛇族の国内にある国営施設を何ヶ所か視察しーー』
サイト内には動画が載っていた。
国営施設の視察中の風景を撮影した映像だ。
のっぺりした顔の蛇の獣人たちに混じって、ユキの姿がある。
王室の正装で、肩までの長い髪をひとつに結びんでいる。蛇族の官僚らしき人物と何事かを話している映像だった。
スマホのちいさな画面越しで見るユキは、いつものようなどこか腑抜けた顔でない、品位ある皇太子の顔をしていた。すっきりとしたフェイスラインの美丈夫さが際立っている。
(帰国が遅れるっていうから、心配していたのに)
(おれがいなくても、お前は元気そうだな)
…と少し拗ねてしまう。
ユキが毎日、自分の隣にいることが当たり前になっていた。
好きな時に話をすることができた。
愚痴を言えた。
弱音を吐けた。
仕事は頑張っている。
だが、努力量に対し、結果が比例しないこと、そして室内に籠りきりであることが、ストレスの主な原因であった。中庭を散歩する気力も、時間もない。
(お前が側にいてくれないと…)
(おれは弱くなる)
(あーーーー……遠距離、つら……)
時刻は22時。
電気を消そうとした時、スマホの着信が鳴った。
ユキからの着信だ。
(今更なんだよ…)
今の今まで連絡もなく放っておかれた恨めしさもあり…拗ねていたが、帰国の先延ばしの件もあるし、一応安否確認の為にしぶしぶ電話に出る。
「…はい」と応答した声は、自分でも驚くほど不機嫌そうだった。
『もしもし?』と、耳に当てたスピーカーから懐かしい声がする。
『ハル?聞こえる?』
「聞こえる」
『よかった。いまどこ?部屋にいる?』
「いるよ。お前は?」
『こっちもゲストルーム帰ってきた…疲れた…』
本来なら、今夜城に帰ってきている予定だった。時刻は22時だ、ユキが出張していなかったら、今頃ふたりでベッドでゴロゴロしていた時間帯なのに。
1人のベッドは寂しい。
それでも、ユキの声が聞けるだけで、心が舞い上がる。
「帰国、遅れるって聞いた」
『うん…あと何日か掛かりそう』
「何日かって…確定してないの?」
『向こうの気分次第かな』
「どういう意味?」
『うーん…見えない鎖に繋がれて飼われてるって感じ。生きた心地はしないね』
「え…?」
『この話、他の人には内緒にしてほしいんだけど…蛇族の奴ら、なんか腹に一物抱えてそうな感じがして、信用できない。そっちのほうにも内々で警備を強化するように伝えてある。ハルも、用心して』
「用心?」
「国境外付近に非武装の蛇の獣人族が幕営してる件は、とりあえず国の指示ではないということらしい。だけど俺も父上も、正直言って疑っている。その主張を信じるという形で一応は友好的に接してはいるけれど、帰国を先延ばしにされていて、日中は厳重に監視もついている』
「それって、まるでお前と王様が人質みたいじゃないか」
『そういう見方もできる。俺たちが不在の間に、何か企んでるのかもしれない』
「そんな…」
『分からない。用心して、ハル』
「分かった。けど、用心しろって言われても…」
『城の様子は、何か変わったことは無い?』
「…そういえば、タヌキイヌに明日催事場を手伝うように言われた」
『…ふうん…王族騎士を護衛で連れて行くよう、俺から指示しておくよ』
「護衛?」
『大事な皇太子妃様が外出するんだ、それくらい必要でしょ』
「まあ…そう、かな」
(なんか、心配してくれてるみたいでくすぐったいな)
『あー…早くハルの側に帰りたい…こっちは毎日毎日、蛇どもの相手で頭が痛くなりそう』
「…珍しい。お前もそういう弱音吐くんだな」
『頑張ってるからね。帰ったらたくさんヨシヨシして』
甘え上手なわんこに、胸がキュンと鳴った。
「お、おれも…今日頑張ったんだよ。っていうか、ムカつくことあった」
『え?なに、どうしたの』
「タヌキイヌの野郎がさ、俺たちのことホモっておちょくりやがった。それにオメガのこと、身売りして生計立ててる社会底辺みたいに勘違いしてるらしくて、それも無茶苦茶ムカついた。あと他にも色々とクズ発言された」
『あいつ、そんなこと言ったの?殺す』
「左遷しといて」
『……えーーーっと……それは本気で言ってる?』
「半分冗談、半分本気だよ。島流しでもいい」
『うーーーん…一応、親父(王)には伝えておくね』
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