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70.味方

「俺たちの方が生物学的に優れているんだぜ。足枷みてえな条約なんざ踏み倒しちまえばいいのさ」 タヌキイヌのその言葉は、自らの種族の優越性を誇示し、まるで人間であるハルを見下して鼻で笑っているようだった。 そして、獣人である自分たちが下等生物の人間を支配するべきだという傲慢な確信が満ちていた。 「ほ、ほ、さすがタヌキイヌ殿!」 「まこと、まこと」と取り巻きたちが口々にタヌキイヌを称賛した。 しかし、そんなことをすれば国際連合、つまり世界を敵に回すようなものだ。 つい数十年前、人間と科学力と軍事力に太刀打ちできなかった負の歴史があるというのに… 破綻した思想をひけらかす環境大臣と、それを煽て上げる取り巻きたち。 これが本当にこの国の議員なのか、とハルは呆れた。 「おや!これはこれは、皇太子妃サマ。はるばるこんな所にまでお越しくださいまして…」 馬鹿にしたようなタヌキイヌの物言いに、ハルは「要件を済まそうか」と冷たく言い放った。 「はいはい、皇太子妃サマは性急ですなあ。それでは、この書類にサインを頂けますかな?」 タヌキイヌが差し出してきたのは、王族による現場視察完了と祭事承認許可の書類だった。 本当にそれだけ?と半信半疑なハルが老執事の顔色を伺うと、セバスチャンは静かにうなづいた。 ハルが受け取った書類に目を通していると、タヌキイヌの取り巻きじじい達がひそひそと声を交わし始めた。 「…新米皇太子妃は、連れの者の許可が無いと何もできないのかの」 その声は、まるで陰湿な陰謀を巡らせるかのように低く、耳障りな笑い声が混じっていた。 「このお方、耳と尻尾が見えないようですが…はてさて、一体どうしたことか」 「耳と尻尾の欠けといえば、ヒトに飼われた家畜か、愛玩動物か…」 「愛玩といえば、皆様ご存知かの?ヒトの中にもオメガという、堕ちたメスのような生き物がおるらしいの…」 その言葉が耳に入った瞬間、ハルの手が強張り、サインをしていた筆が止まった。 タヌキイヌは、取り巻きたちの無神経な発言を後ろで聞きながら、ニヤニヤと笑っている。 彼の目には、他者を見下す傲慢さが宿っていた。 ハルは、彼らの軽薄な態度に怒りがこみ上げてくるのを感じた。 殴りつけるようにサインを書き上げてから… 「お前ら、今の全部録音したからな」 …とスマホのボイスレコーダー画面を見せた。 実は、タヌキイヌが現れた瞬間から、録音ボタンを押していたのだ。 文明機器に疎そうなじじい獣人たちのために、親切なハルは再生ボタンを押し、一連の会話の流れを聞かせてやった。 「「「!?」」」 疑念と驚愕が交錯し、タヌキイヌの表情は硬直した。 その時、横から、ドン!という荒々しい物音がした。 先程、ハルと話をした一般獣人たちが集まり、怒りに満ちた眼差しでタヌキイヌ一同を睨み付けていた。 物音の正体は、一匹の屈強な雄獣人が、丸太を力強く地面に叩きつけた音だったのだ。 クワや鎌、木材片などを手にした他の獣人たちも、憤った様子で仁王立ちしていた。メラメラと燃える怒りの炎が、眼に見えるようだった。 味方を得たことを悟って、ハルの表情がふっと柔らかくなった。 追い風を得て有利な立場に立った彼は、再びタヌキイヌへと向き直り、意気揚々と言葉を発した。 「皇太子妃への侮辱は、王家への反逆心か?」 「ち…違う!!」 「今後は発言に気を付けろって言ったよな?」 「う…ぬぬ……!」 ハルの周囲には支持の視線が集まり、背中を押すような力強さが生まれていく。 ぐうの根も出ないタヌキイヌと、事態を察知したじじい獣人顔が青ざめていく。 緊張感に満ち、一触即発の雰囲気が漂ったかに見えたが… 「ほっほっほ。さすがハル様ですな」というセバスチャンの呑気な声と乾いた拍手が、その場を納めたのだった。

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