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72.轟音
その時、どおん、と地響きが轟いた。それに続いて、雷鳴のような轟音が山間を震わせる。
「な、なんだ!?どうした!?」
「びっくりした…!」
「噴火か?大砲か!?」
タヌキイヌは驚きのあまりキャビンの座席から滑り落ちそうになった。目をギョロギョロさせ、顔は青ざめ、膨れ上がった尻尾がピンと逆立つ。
一方、ハルは座席の上で身を縮こませ、耳と頭を抱えていた。
「だ、大丈夫ですかな?」
御者席のセバスチャンがキャビンを覗き込んでくる。
「ええ、なんとか…でも、今の音は一体…?」
「ここからおよそ三キロ先。祭事場の方角でしょう。採掘場で何らかの爆発があったものと思われます」
「心配ですね…」
セバスチャンの垂れた犬耳がピクリと動く。年老いても鋭敏な聴覚を失っていないことが伺えた。
「わたくしがひとっ走り様子を見て参りましょう」
「えっ?」
「お二人はここで待機を。戻らなければ、馬に乗って城へお戻りください」
言い終わるやいなや、セバスチャンは獣化した。白い毛並みの巨大な狼の姿が現れるが、老いを隠せない。毛並みは艶を失い、パサついている。骨格が浮き出た痩せた身体には、骨と皮ばかりだった。
それでも彼は自分を鼓舞するように身体を震わせ、短いマズルで地面の匂いを嗅ぎ、元来た道を駆け戻った
「あいつ…!」
タヌキイヌが険しい顔で睨む。
「執事の分際で、私を置いていくとは!」
「様子を見てきてくれるんだろ?」
「こういう時は主を守るのが先だろうが!」
タヌキイヌはぶつぶつと文句を言いながら、馬車のハーネスを弄り始めた。
「環境大臣たる私が命を落としたら、誰がこの国の自然を守るというのだ!?全く…自分勝手な執事だ!」
「祭事場で怪我人が出てたら、そっちの方が優先だろ。とりあえず俺らはここで待って、しばらくしたら馬に乗って城へ戻れってさ…」
「ふん!そんなことは知らん!さて、困ったぞ、俺は馬の扱いなど知らん!」
タヌキイヌは憤りを隠せない様子で、馬車のハーネスに手を伸ばした。
「お、外れそうだぞ!」と叫んだ瞬間、地響きが再び鳴り響いた。
振動に驚いた馬が甲高い嘶きをあげ、前足を振り上げた。その拍子に馬車が揺れ、斜面を滑り始める。
「馬車が…!待て、崖の方に!」
ハルは反射的に叫んだ。
タヌキイヌは咄嗟に駆け寄り、馬を止めようとしたが、絡まっていたハーネスが腕に引っかかり動きを封じられる。暴れる馬たちが馬車を引きずる力に抗えず、タヌキイヌはそのまま崖へと引きずられていく。
「わぁああ!?」
その時、ハーネスが外れた。拘束から解放された馬たちは方向を変え、窮地を脱して森の中へ駆け去っていく。しかし、外れた拍子に馬車が傾き、遠心力でタヌキイヌを崖へと吹き飛ばした。
「ぎゃああ!」
悲鳴とともにタヌキイヌは崖の縁に叩きつけられ、必死に手を伸ばして岩場にしがみついた。直後、無人となった馬車が勢いのまま崖へと滑り落ち、深い谷底へと消えていく。
「っ……!?」
ハルは目の前の惨状に凍りつきながらも、すぐに駆け寄り、崖っぷちにぶら下がったタヌキイヌの腕を掴んだ。
「おい、しっかりしろ!今引っ張る!」
「ひ、引っ張るな!服が破ける!」
「服なんてどうでもいいだろ!」
必死に力を込めるが、非力なハルでは巨漢のタヌキイヌを引き上げることはできない。掴んだ服がじりじりと滑る感触に、冷や汗が滲んだ。
崖の下はぞっとするほど深い。地層が褶曲し、剥き出しになった岩肌が鋭くそそり立つ。谷底の川は冷たく光り、轟音を立てて流れている。そのすぐそばには、粉々に砕け散った馬車の残骸が散らばっていた。
(落ちれば、間違いなく……死ぬ。)
ハルは歯を食いしばり、恐怖を押し殺しながら、タヌキイヌを全力で引き上げようとした。
「小僧!早くしろ、腕が…腕がもげるっ!」
「畜生、やってるよ……!」
だが、タヌキイヌの巨体はハルの腕に汗を滲ませ、掴む手が滑り始める。足場も悪く、砂利が散らばった岩は不安定だ。ハルの踏ん張りが裏目に出て、小石が崖下のタヌキイヌの顔に降り注いだ。
「うわっ、砂が…!目が痛ぇ!」
タヌキイヌが尻尾を振り回して砂を払おうとした瞬間、バランスを乱したハルの体勢が大きく傾いだ。
「うわっ……!」
ハルが立つ岩がぐらりと傾きーー
(落ちる──!)
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