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74.危険

濡れた服が体に張り付き、冷気が骨まで刺さる。ハルはタヌキイヌを支えながら、岸辺のゴロゴロした石に足を取られつつ懸命に歩いた。 水辺を離れ、安全な場所を求めて進む二人。辺りには岩場が広がり、急な崖が迫る。どうにか渓谷を抜けられそうな道を見つけたその時──。 「ぱしゅっ!」 鋭い空気音が響く。ほぼ同時に、ハルの太ももに強烈な痛みが走った。 「っ!?」 見ると、赤い羽根のついたダート(麻酔矢)が突き刺さっている。 「な……!」 驚きの声を上げ、反射的に倒れ込む。視線の先では、タヌキイヌも同じくダートを受け、よろめきながら短く吠えた。 「ギャンッ!」 タヌキイヌはすぐにダートを引き抜いて地面に叩きつけたが、薬はすでに注入されていた。 「何だ!?誰が……!」 ハルも自分の太ももに刺さったダートを引き抜く。だが、痛みが消える代わりに、矢が当たった部分からじんわりと熱が広がり、次第に感覚が失われていくのを感じた。 (毒か? 麻酔か? くそっ、なんなんだ……!) 冷たい汗が背中を伝う。薬が体内を回っていると分かっていながら、どうにか進行を抑えようと患部を圧迫する。しかし、足元の感覚は徐々に消え、身体が重くなっていく。 「おい、しっかりしろ!」 巨漢のタヌキイヌは薬の効果が遅れているのか、まだ足腰はしっかりしていた。だが、倒れかけたハルを支えたことで、彼自身もバランスを崩した。 「くそっ、ここは危険だ……!」 周囲には身を隠すものがなく、このままではさらなる追撃を受けるだろう。湿った砂利の上に倒れ込んだハルは、それでも必死に這うように進もうとする。 目指す先には森がある。あと数メートルだ。だが、足先に力は入らず、そこにたどり着く前に力が尽きる。 「動け……!」 視界の端に影が揺れる。数メートル先、岩場の暗がりから数人の男たちが姿を現した。銃を手にしているが、構える気配はない。ただ無表情のまま、こちらをじっと見ている。 (誰だ……!?) 彼らの顔を確認しようとするが、目が霞んではっきり見えない。冷たい砂利が全身を押し付け、体温を奪っていく。 (ユキに……伝えなきゃ……!) 指先ひとつ動かせない無力感に苛まれる。襲撃者たちの足音が近づく。ひとりが静かに立ち止まり、倒れたハルたちを見下ろした。 (こんなところで……終わるのか……!) 最後の力を振り絞ろうとしたが、ハルの意識は容赦なく闇へと沈んでいった。 谷底の河原に残されたのは、倒れ伏す二人と、冷徹な襲撃者たちの暗い影だけだった。
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