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78.黄金
「なるほど……分かったぞ。奴らの狙いは金(きん)だ。」
外の会話に耳を澄ませた後、タヌキイヌはそう言ってニヤリと笑った。
「金……?」
ハルは信じられないという顔で聞き返した。
金(ゴールド)は、限りある希少な資源である。その美しい光沢に加え、展性や延性に優れ、極めて薄く延ばすことができる特性を持つ。加工が容易でありながら、錆びや腐食に強い重金属でもある。
人類が装飾品や美術工芸品として最初に利用した金属の一つであり、銀や銅と共に交換や貨幣の用途にも用いられてきた。現代でも蓄財や投資の対象として価値が高く、金貨として加工されることも多い。
現在、採掘可能な金の埋蔵量は約5万トン(競技用プール約一杯分)とされ、これまでに採掘された金の総量は約18万トン(オリンピック公式競技用プール約3.8杯分)である。年間の採掘量は約3000トンで、現ペースで採掘を続けると約20年で新たな金の採掘は不可能になるとも言われている。
しかし金の需要は衰えず、採掘量が減るとその希少性が増し、さらに価値が高まるとされる。この希少性と利用価値は計り知れず、国家間での争いの原因となることも少なくない。
金の起源については諸説あるが、現在は超新星爆発や中性子星の衝突によって生まれた元素が、隕石群の衝突で地球に降り積もったと考えられている。金を人工的に作ることが難しいのは、星が爆発するほどのエネルギーを現状では再現できないからだ。ダイヤモンドや石油、石炭などの生成過程は明確にわかっているが、金の生成過程は未だ謎に包まれている。
「ーー奴らは金鉱脈を見つけたんだ。しつこく国境付近をうろついていたってことは、恐らくあの辺りで発見したんだろう」
タヌキイヌは自信ありげに断言した。
「でも、資源の採掘や売買取引は世界協定が管理しているんじゃないか?」
ハルは眉を寄せ、疑問を口にする。
「いや、話はそう単純じゃない。」
タヌキイヌの声には皮肉が混じっていた。
「蛇獣人どもの住む砂漠地帯と、俺たちの住む熱帯地帯の国境は曖昧だ。しかも、その金鉱脈はこれまで発見されたことがなかった。つまり、世界協定の規定外の資源というわけだ。奴らは発見場所を隠して極秘に掘り出そうとしているか、それとも、その場所が自分たちの領土だと主張して独占するつもりかもしれん。何にせよ、奴らはとんでもない利益を狙っている。」
「そんなことになったら……下手すれば戦争が起きるんじゃないか?」
ハルは慎重に言葉を選んだ。
「その通りだ。金が見つかったとなりゃ、世界協定だって目の色を変えるだろう。内部分裂を起こして、これを機に世界協定が瓦解する可能性もある。その隙に、世界中の権力者や企業が我先にと押し寄せるさ。ただし、場所を知っているのは奴らだけだ。その情報を逆手に取って、奴らはボロ儲けするつもりやもしれん。」
「……そんな争いに巻き込まれたら、ワーウルフの国はどうなるか……」
ハルは唇を噛み締めた。
「そうだ。蛇獣人の国だけの問題じゃない。この件が広がれば、いずれ世界を巻き込む争いになる」とタヌキイヌは言った。
「そんなの、許されることじゃないーー」
ハルは拳を握る。
「奴らは、更に隠された財宝を探し出したいと思っている。環境大臣の俺に訊いてきたよ。祭事場の方で爆発のようなものがあっただろう、あれは何だと訊いてきた。俺も知らねえってのにな。適当な事を言っておちょくってやったら、ブチギレてきた。短気な奴らだ」
切れた口角を少しだけ持ち上げて、タヌキイヌは笑った。
「俺とお前は、政治的な交渉材料、つまり人質として扱われるだろうな。例えば、金があると世界に知れ渡る前に、俺たちと引き換えに金鉱脈を譲渡させるよう要求したり、隠されたお宝がまだどこかにあるんじゃないかと揺さぶってくる可能性もある。だが、政治利用されたとしても、生きて帰れる保証は無い。」
「……じゃあ、おれがとっさに学生だって嘘をついたのは、正解だったんだな。」
「そうだったのか。」タヌキイヌは軽く頷く。「うむ、それはいい判断だった。奴らは事実確認に手間取っているだろう。それでしばらくは時間が稼げる筈だ。」
「何とかここから抜け出す方法を考えよう。」
ハルは真剣な表情でそう言ったが、ふと何かを思い出して口を開いた。
「そういえば、タヌキイヌも前に似たようなこと言ってたけどな。『俺たちの方が生物学的に優れてるんだぜ。足枷みたいな条約なんざ踏み倒しちまえばいい』って。——でも今は、あの時とは別人みたいだな。」
自分の敵だと思っていた人物が、共通の敵を前にして、こんなにも力強い味方に変わるとは。
理論的な思考、環境大臣としての知識力。ハルには、それらが非常に頼もしく感じられた。
にっこり笑ったハルを前にして、タヌキイヌは急に狼狽えた。
「あ、あんな馬鹿たれどもと一緒にするな!オレは環境大臣だぞ!銃を振り翳して無理やり従わせるような奴らとは次元が違う!」
タヌキイヌは吠えるように言った。
「そうだな。お前は立派だよ」
そう言ってハルが微笑むと、タヌキイヌは照れ隠しをするかのように「そもそもな、」と話を続けた。
「昔、俺たちの国が他国に攻め込まれたとき、逃げた俺たちワーウルフは隣国、蛇どもの国に助けを求めたんだ。そしたら、あいつらは助けるどころか、逆に殺しに来やがった。俺の曾祖父さんはその時に殺された。ひいばあさんは命からがら逃げ出したが、その時の大虐殺の話を、耳にタコができるほど俺に繰り返した。ガキだった俺には、地獄のような時間だったよーー」
話している内に言葉尻は小さくなり、やがて最後は独白のようになる。
言葉を区切ったタヌキイヌは、一瞬、遠くを見るような目をした。
「そうだ……ひいばあさんの話を聞いて震えてたガキは、国の名誉と誇りを守るために官僚になったんだ。でも、いつの間にかその信念を忘れ、こんなにも落ちぶれちまった。」
タヌキイヌは湿った空気を押し返すように、大きな腹を揺すって笑った。
「よし、小僧。もうあいつらの好きにはさせねえぞ。蛇の阿呆どもに一泡吹かせてやろうじゃねえか。」
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