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80.蛇縛

外にいた蛇獣人が、小屋から漏れ出した甘いフェロモンの匂いに気づき、低く唸り声を上げた。その音に反応するように、周囲の蛇獣人たちもざわざわと動き始める。 「この匂い……何だ?」 オメガの甘い匂いを嗅ぎ取った彼らの目が光り始めた。異常事態にタヌキイヌも気づき、歯噛みしながら呟いた。 「しまった、奴らが気づきやがった……!」 タヌキイヌは鎖に手をかけ、楔を無理やり引き抜こうとするが、深く打ち込まれているためびくともしない。ハルを見やると、発情期の苦しさで床に伏し、荒い息を繰り返しているだけだった。 「くそっ、小僧!今は気を失ってる場合じゃねえだろ!」 苛立つタヌキイヌが声を張り上げた瞬間、外から音がした。次の瞬間、小屋の扉が勢いよく開け放たれる。 入ってきたのは一人。薄緑の目が不気味に光る蛇獣人だった。筋肉質な体に茶色のまだら模様が浮かび、肩幅の広いその体は蛇特有のしなやかな動きを見せていた。彼の瞳孔は縦に長く、視線を動かしてハルを見つけると、不敵な笑みを浮かべた。 「何だ、この匂い……たまらねえな。こいつが発してるのか?」 蛇獣人は警戒して銃に手を掛けたままだったが、すぐにオメガのフェロモンに支配され、銃を床に放り出した。そして膝をつき、ハルの匂いを嗅ぎながらゆっくりと近づいてくる。 「やめろ!そいつに手を出すな!」 タヌキイヌが叫ぶが、蛇獣人は聞く耳を持たない。 「止めるだと?誰がだ?この匂いを嗅いでみろよ……理性なんて保てるわけがねえ」 蛇獣人はハルに手を伸ばした。ハルは最後の力を振り絞ってその手を払いのけたが、枷が邪魔をして思うように動けない。その隙に蛇獣人が肩を掴む。手の甲には剥がれかけた鱗がざらりと残り、見るだけで不快感を与える。 「抵抗するな、すぐに楽にしてやる……」 蛇獣人の低い声が耳元に響き、ハルは震えた。恐怖と絶望が彼の心を埋め尽くす。 「やめろ……来るな……っ!」 体の熱で視界がぼやけ、力が入らないまま足をばたつかせるハル。しかし蛇獣人は足首を掴み、尋常ではない力で押さえつけてくる。その力に逆らうことなどできそうにない。 「離せ……でないと……!」 「でないと、どうする?こんな弱々しいお前が……俺に何ができる?」 蛇獣人が嗤う声に、ハルは唇を噛む。その時、外からさらに数人の気配が近づいてきた。 新たに小屋に入ってきた蛇獣人たちは、それぞれ異なる模様を持つ肌をしていた。白地に黄色のマーブル模様、茶色い縞模様……いずれも迷彩服を着ていたが、目は完全にフェロモンに支配されていた。 「おい、抜け駆けしてんじゃねえ!俺たちにも回せよ!」 「独り占めは許さねえぞ!」 フェロモンの誘惑に耐えきれない蛇獣人たちが次々と銃を放り出し、ハルに群がり始める。だが最初に侵入した蛇獣人が怒声を上げた。 「こいつは俺がもらう。手を出すな!」 低く響く声が仲間たちを牽制する。鋭い目が周囲を睨みつけると、ざわめきが一瞬止まった。しかし、仲間を裏切ったと悟った他の蛇獣人たちは、怒りを込めて目を光らせた。 「てめぇ……!」 「こいつは俺のもんだ!」 最初の蛇獣人が低く唸り声を上げると、その体が急激に変化を始めた。骨が軋む音とともに、人間だった姿が巨大な大蛇へと変わり、茶色のまだら模様の鱗が全身を覆う。鋭い瞳は蛇そのものの光を放ち、牙をむき出しにしている。 「来るならかかってこい……!」 まだら模様の、その挑発に応じるように、他の蛇獣人たちも大蛇へと変身し始めた。白地に黄色いマーブル模様の蛇や茶色い縞模様を持つ者――それぞれが互いに鋭い牙を向け、絡み合うように攻撃を仕掛ける。 狭い小屋の中で暴れ回る巨大な蛇たち。その尾や体が柱を軋ませ、床を震わせていく。その動きには、圧倒的な筋力と敏捷性が感じられた。蛇は「筋肉の塊」とも呼ばれるほど強靭な体を持つ生き物だ。しかも、蛇獣人は純粋な蛇ではなく、獣人ならではの筋力や反射神経を持つ。その体がぶつかり合い、絡みつく様は凄まじい迫力を放ち、巻きつかれたら最後、命はない。 「はぁ……はぁ……っ!」 ハルは朦朧とする意識を必死に保ちながら、その凄まじい光景を凝視していた。こんな状況でありながら、発情期の熱が全身を支配し、息をするだけで理性が崩れそうになる自分が憎い。 (こんな時に、おれは……!) 蛇獣人たちの死闘はさらに激しさを増し、白い大蛇が他の蛇の首筋に牙を立てようと襲いかかる。その動きには、明らかに毒の凄みが感じられた。巨大な蛇たちが互いを締め上げ、牙をむいて噛みつこうとする死闘が繰り広げられる。 壁際で息を潜めていたタヌキイヌが、小声で呼びかける。 「小僧!こいつら自滅するぞ!今のうちに逃げ道を……うわっ!」 タヌキイヌがそう言い終える前に、その時、投げ飛ばされた大蛇がこちらに降ってきた。 「ッ!」 ハルは間一髪で大蛇を躱した。轟音を立てて落ちた大蛇は、ハルを拘束していた鎖に突き刺さった楔を壊し、ボロ小屋の壁を突き破った。腐りかけた天井の木材が崩れ落ち、ハルは反射的に両腕で頭を守り、瓦礫の下敷きになるのを辛うじて免れた。 ぱらぱらと木屑が舞い、辺りが静寂に包まれた。 「……終わったのか……?」 ハルが振り返ると、戦いに敗れた大蛇たちが地面に倒れ、動かない者もいれば、痙攣しながらのたうち回る者もいる。土煙の中、白い大蛇が最後の一匹に牙を立てていた。白い大蛇はハルと目を合わせ、咥えていた大蛇の急所を鈍い音を立てて噛み砕くと、急に興味を失ったかのようにそれを地面に落とした。どさりと重い音が響いた。 『カラカラカラカラ……!』 勝者となった白蛇は鋭い眼光でこちらを見据え、興奮しきって理性も言葉も失っていた。尻尾の先端を振り、威嚇音を立てながらゆっくりと近づいてくる。 ハルの背筋に冷たい恐怖が走る。 朦朧とした意識の中で、ハルは必死に楔を引き抜こうとした。だが、発情期の熱と疲労で力が入らない。焦燥感だけが募り、無理に力を込めたせいで下腹部に圧がかかり、じゅわりと愛液が漏れる。 「……っ……!!」 突如、体が宙に浮いた。白い大蛇に巻きつかれ、強靭な筋肉が容赦なく締め付ける。息が詰まり、悔しさに歯を食いしばるが、身動き一つ取れない。 「うぅっ……!!!」 やがて、大蛇は静かに人の姿へと変わる。現れたのは、最初にハルを脅したリーダーだった。金色の瞳が妖しく輝き、荒い呼吸が耳を打つ。オメガのフェロモンに反応し、完全に理性を失っていた。白い鱗肌に黄色いマーブル模様が脈打ち、上半身は人の姿を保っているが、下半身はなおも蛇のままハルに巻き付いている。 「シューッ……」 耳元で威嚇音が鳴り、ハルの背筋が凍りつく。恐怖に駆られた視線の先で、異様なものが蠢いていた。 リーダーの鱗を纏った下腹部。そこにあるのは、二股に分かれた異形の器官――ヘミペニス。棘のある先端が脈打ち、まるで獲物を狙うように動いている。 「シューッ……!」 「くっ…離せ…!!」 全身が燃え上がるように熱く、理性が霧散していく。発情期のせいで、まともな思考ができない。体の奥が疼き、内側から押し寄せる熱に、自分の体が勝手に反応してしまう。 (違う……こんなの、違う……!) ユキ以外の手に触れられるなんて、絶対に許せないはずなのに――。 「お前、メスだったのか」 耳元で囁かれ、首筋を冷たい舌が這う。悪寒が走る。それなのに、発情期のフェロモンは空気に溶け、濃密に満ちていく。 「やめ……ろっ……!」 必死に身を捩るが、蛇の尾は鋼のように締め付けてくる。太腿に絡みつき、強引に脚を開かせる。 「嫌だ……ッ!」 抵抗するが、相手の力は圧倒的。オメガの非力な体では逃れられない。荒い呼吸の中、熱がせり上がる。 「シュー……」 リーダーの目が獰猛に光った。 「いや……っ、やめ……!」 ナイフが閃き、下肢の衣服が音を立てて裂ける。足を広げられ、晒された局部。 「……っ!!やめろ!!離せ…っ!!」 秘部から溢れた愛液が尻や太ももを濡らす。 「おやおや……!!」 「見るなぁ!!」 リーダーはほくそ笑みながら、ハルの足をさらに大きく開かせる。勃起した性器、湿った陰毛、震える玉袋——すべてがさらけ出されていた。 「ひゃはは!こりゃ面白いことになってるなあ」 「……っ!」 「こんなに濡らして、何が『嫌だ』って?」 抵抗すればするほど、秘部から愛液が滴る。 「クク……お前の体のほうは、俺を求めてるみてぇだぜ?」 ざらりとした鱗が太腿を撫で、異形の双頭が脈打つ。 「今天国に行かせてやる」 嗜虐的な囁きが耳朶を打つ。 (……ふざけるな……!!) (こんなところで……終われるか……!!) 全身の力を振り絞り、頭突きを食らわせた。 「ぐっ……!クソガキが……!!」 鈍い音が響き、蛇獣人の体が揺らぐ。その隙に、拘束からわずかに逃れた足でリーダーの腹を思い切り蹴り上げた。 轟音が響いた。 弾丸が火を噴き、硝煙が立ち込める。しかし――。 狙いが外れた。目を閉じてしまったせいで、弾丸は壁を抉るだけに終わる。 リーダーは勝ち誇ったように笑った。 「しまっ………!!」 ハルが自分の失態に気付いた次の瞬間、横合いから激しい衝撃を受けた。 「ッ……!!」 ばぁん、と鈍い音が響く。 蛇の尾が鞭のように振るわれ、ハルの身体を強かに叩きつけた。視界に星が散り、意識が遠のいていく。 再び巻き付いてくる冷たい鱗の感触。喉元を這う湿った舌先。 (畜生…畜生……!) 抵抗する術を失い、悔しさも恐怖も入り混じった感情が、喉の奥でくぐもった声となる。

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