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85.愛のかたち
感情の波が頂点に達した、その瞬間――
ヴゥゥゥ……
ユキの喉から、低く唸るような音が漏れた。
(あ……やばい、かも……)
それは、ハルが何度か見たことのある“兆し”だった。
(……まただ)
これまでも、ユキは興奮のあまり理性を失い、暴走しかけたことがある。
それが、また訪れている。
――ハルを抱くユキの腕に、ざわざわと濃い体毛が伸びていく。
(ユキ……! だめだ、待て……!)
叫ぼうとしても、唇を塞がれて声にならない。
「うわっ……!」
そして、無理な体勢のままベッドに放り出される。
逃げようとするハルに、すぐに巨大な影が覆いかぶさり、結合を保ったまま押し倒された。
「ふー……! ふー……!」
荒く吐き出される息は、もう獣のそれだった。
ハルの体の両脇には、鋭い爪を光らせた巨大な前足が食い込み、逃げ道を完全に塞ぐ。
「待て……ユキ!!」
「ガゥッ!! ガウゥ!!」
「ッ……!」
耳元で轟く咆哮に、全身がすくみ上がる。
だがそれ以上に、ハルの血の気を引かせたのは――
ユキの熱が、内側で“膨張”するのを感じた瞬間だった。
息を呑む。
このままでは――
(獣化したユキに、内側から壊される……?)
人の姿でも十分すぎるほどだった。
それが今、数メートルを超える獣の体で、棍棒のようなモノを打ちつけてきたら――
内臓も、子宮も、潰れてしまう。
ハルの瞳に、一瞬だけ恐怖の色が宿った。
前にも見た、あの“色に狂った獣の瞳”。
あのときは無我夢中でユキの鼻面を殴り飛ばしたが――
でも今は、違う。
(怖いのに……どうして、こんなに熱い……)
腰の奥で疼く感覚が、理性を簡単に溶かしていく。
ヒートだけのせいではない。
自分でも知らなかった心のどこかが、ユキを求めて鳴いている。
「ユキ……」
震える声が、喉から押し出される。
けれど、それは恐怖だけの震えではなかった。
胸の奥で、じん、と熱が灯っている。
(怖いのに……離れたくない……)
ユキの息は荒く、荒々しさの中に苦しげな響きが混じる。
ヒートの強烈なフェロモンに晒されながらも、理性を保とうと必死に耐えている。
壊したくないと、己を抑えるその姿。
シーツを踏みしめる獣の爪は削れ、所々毛が禿げていた。
それが分かって、ハルの目から涙がこぼれた。
「……大丈夫」
そっと腕を伸ばし、獣の姿に変わりかけたユキの頬に触れる。
熱く、硬く、毛に覆われた肌。
それでも、確かに彼の温もりだった。
「おれは、大丈夫だから」
尖った三角の耳を撫でながら、微笑もうとした。 けれど、ぐぐ、と内側から押し広げられる圧力に、「っ……ん!」と喉が震える。 それでも、涙混じりに笑ってみせた。
(もっと、繋がりたい)
(もっと、ユキを信じたい……)
泣き腫らした瞳で、獣の鼻面にそっとキスを落とす。
唇が触れた瞬間、熱い想いとヒートの匂いが一気に混ざり、身体中が震える。
「いっぱい出して……可愛い赤ちゃん、たくさん作ろうな」
胸の奥がじんわり熱くなる。
目尻に喜びの涙を浮かべるハルを見つめ、 ユキの金色の瞳にも、静かな愛情の光が宿っていた。
その視線に、ハルは心まで溶かされた。
「もう、離れない…ずっと一緒だ」
熱と愛に溺れながら、ハルは獣の太い首に腕を回し、全身でユキを受け止めた。
互いの呼吸が絡まり、熱が再びぶり返す。
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