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【子育て編】91.パピーウルフたち
91.
あたたかな木漏れ日が、森の新居の芝生を黄金色に染めている。
「こら! 待て! リク、ソラ!……あぁもう、カイトはそっちに行くなって言ってるだろ!」
庭の真ん中で、ユキが必死な声を上げている。
かつての凛々しい王子はどこへやら、今は五匹の「子犬」たちに振り回される、新米パパの顔だ。
「あ、ほら、アサヒ! ミナト! 蝶々さん来たよーって、そっちじゃないよ!」
ユキと同じ濃茶色の毛並みを持ち、ぴょこぴょこと動く三角の耳を立てた五つ子のワーウルフたち。
一、二歳になれば人間の姿に変わることもできるようになるが、パピーたちはまだ生後半年。
やんちゃな遊び盛りの今は、四つ足の姿の方が都合がいいらしい。
コロコロ、ムチムチとした愛らしい毛玉たちは、柔らかな芝生の広い庭を走り回り、草花をフンフンと嗅ぎ回っていた。
「アゥッ、ワゥン!」
一匹がユキのズボンの裾を噛んで引っ張れば、もう二匹がその背中に飛び乗る。ユキは困ったように笑いながら、それでも一匹ずつを丁寧に抱き上げた。
「……ユキ、お疲れ様」
ハルはガーデンテーブルに座り、摘みたてのハーブティーを飲みながら、そんな様子を微笑ましく見守っていた。
日差しが注ぐ庭には原種バラの甘い香りが漂い、心が安らぐ。
妊娠と出産を経て、ハルの表情にはどこか柔らかな、聖母のような包容力が宿っていた。
「ハル、子供たちが俺の言うことを全然聞かなくて……」
「ふふ、頑張れよ、パパ」
「もうダメ。ママの癒やしパワーをもらわないと…」
ケモ耳と尻尾をうなだれさせたユキがハルの膝に頭を預けると、五匹の子犬たちが「ママはぼくたちの場所だよ!」と言わんばかりにキャンキャンと二人の周りに集まってきた。
お疲れモードのユキは、そのまま獣の姿に変身して芝生でヘソ天を披露する。
パピーたちは大興奮で、父狼の立派なお腹の上に這い登っていった。
「おいおい、疲れすぎだろ(笑)今朝セバスチャンが焼いてくれたクッキーでも食うか?」
「クゥン…!」
ハルが、焼きたてのいい香りがするクッキーをユキのマズルへ差し出す。
ぱかりと開いた口吻に落としてやると、ユキはサクサクと幸せそうにそれを噛み砕いた。
「なにそれ! おいしそう!」とワンワン騒ぎだしたパピーたちに、ハルは苦笑しながら「ちょっとだけな」とクッキーを小さく砕き、手のひらに乗せる。
パピーたちは我先にと群がり、食べ終えるやいなや「もっとちょうだい!」とハルに突進した。
あまりの勢いに、ハルは笑いながら押し倒されてしまう。
ハルは、そのままユキのモフモフのお腹を贅沢な背もたれにして、子犬たちにクッキーを分け与えた。
静かな森。鳥のさえずり。愛する伴侶と、自分たちの血を引く子供たち。
これこそが、命をかけて守り抜いた未来の姿だった。
「ほほほ、微笑ましい光景ですな」
「あ、セバスチャン」
森の小屋から、セバスチャンがティーポットを乗せたトレーを携えて出てきた。
「お茶のお代わりを……と思いましたが、ユキ様は早めのお昼寝のようですね」
「え?」
ハルが振り返ると、ユキは暖かな陽気に誘われ、ヘソ天のまま気持ちよさそうに寝息を立て始めていた。
「あー、ごめん。そこに置いといて」
「ほほ。畏まりました。それでは、わたくしはお部屋のお掃除でもいたしましょうか……」
セバスチャンがトレーを置いて室内に戻ると、ハルはユキの顎下の柔らかな毛を愛おしそうに撫でた。
「さて、お前らは授乳の時間だ」
あぐらをかいて、まずはリクを抱き上げる。
おっぱいを貰えることを察したリクは、すぐにハルの胸にしゃぶりついた。
ちうちうと吸い付く、ずっしりとした重みの毛玉を撫でる。
出産後の変化で母乳が出るようになったハルの乳頭は、毎日五匹に吸われ続けたせいで、常にツンと尖りっぱなしだ。
乳房も、かつてよりほんのりと膨らみを帯びている。
ワーウルフのメスならば一度に何匹も同時授乳できる乳房があるが、ハルには二つしかない。
足りない分はユキに哺乳瓶で手伝ってもらったり、今では柔らかい離乳食を併用したりしている。
『母親』の姿へ作り替えられた自分の身体に戸惑うこともあるが、ハルはこの感覚に強い生命の神秘を感じていた。
おっぱいの匂いを嗅ぎつけて、他のパピーたちも「俺も俺も」と騒ぎだす。
「あー、もー、わかったって」
パーカーの裾に鼻先を突っ込もうとする面々を手で退けながら、ユキの腹にもたれて横たわると、すかさず一番やんちゃな末っ子のミナトが空いていた乳首を捉えた。
右と左、同時に吸い付かれる感覚は、まるで自分がドリンクサーバーにでもなったかのようだ。
末っ子のミナトは、ちゅぱちゅぱと音を立て、前足で母乳の分泌を促すようにフミフミしている。
生まれたてはわずか数百グラムで、あんなにフニャフニャしていたのに、あっという間にこれだ。
大型犬の仔特有の、太くて力強い足先を見る。
この子たちもすぐに、ユキのように大きく、逞しくなるのだろう。
愛おしさが胸に満ちていく。ハルもまた陽光の下でゆっくりと目をつぶった。
(……本当は、ずっとこうしていたいんだけどな)
明日は城での公務があり、五匹を乳母に託して新居を離れなければならない。
ワーウルフの乳母たちは手慣れたもので、ハルが不在の間も完璧に子供たちの世話を焼いてくれるだろう。
けれど、自分の腕からこの五匹の温もりが消えるたび、ハルの胸には言いようのない喪失感が宿るのだ。
だからこそ、こうして自分の乳を直接吸わせる時間は、ハルにとって何物にも代えがたい「母親」としての至福の時だった。
遠くで鳥が鳴いている。
背中で眠るユキの鼓動と、胸元の小さな命たちの息遣いを感じながら、ハルは深い安らぎの中でまどろんだ。
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