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第7話 一緒の寝台

「――絆。絆」 「ん……」  名前を呼ばれて俺は目を覚ました。うっすらと瞼を開けると、正面には端正な兼貞の顔があった。気が付けば――俺は兼貞に覆い被さられていた。その事実に気づいて俺は目を見開く。 「朝だよ。もうすぐ食事の時間だ」 「! 退け!」 「おはよ」  兼貞はもがいた俺の唇を掠め取るように奪ってから、横に逸れた。キスをしたのが現実だと再確認し、俺は真っ赤になってしまった。 「な、な、な」 「んー?」 「何考えて、なんでキスなんて――」 「だから、絆の気を貰ったんだよ」 「は?」 「簡単に言うと、相手の霊能力を食べて自分のものにしてる、って事だな」  そう聞くと、少しだけ俺は冷静になれた。つまりキスではなく、ただの食事という事だ。それはそうと時計を見たら、本物の朝食の時刻が迫っていた。俺は寝台から起き上がり、自分の使用するはずだったベッドを見た。朝の日差しのおかげか、昨夜ほどの妖しはいない。なんとか荷物を手繰り寄せて、俺は着替えをした。後ろでは兼貞も着替えていた。  気分を切り替えて階下に降り、この日の朝食のおにぎりとインスタント味噌汁を食べる事とした。相坂さんやスタッフさん達を見ていると、まるで昨夜の事が嘘のようだ。  その後は、本日はホテルの内部を撮影する事となり、俺と兼貞は台本を一度読み合わせてから、カメラマンと共に各地を回った。実際にはホテルスタッフの霊がいる所で、女性客の怨念が云々という台詞を述べたりもしたが、ある程度の演技は仕方がないだろう。恨めしそうな霊の視線を、俺はスルーした。  こうしてこの日も、夜が訪れた。撮影の本番は夜だったので、俺は各所で玲瓏院経文を唱える。浮遊霊には効果があったが、より禍々しいものはどうにもならない。変に刺激しないように、唱える場所に気を遣い、スタッフさんに場所の変更を願い出たりもした。 「あー、疲れた!」  全てが終わって部屋に戻った頃には、零時を回っていた。本日も俺のベッドの側には魑魅魍魎が屯している。その点、兼貞の寝台は綺麗だ。理不尽だ……。 「今日も一緒に寝よう」 「……もう、変な事はするなよ」 「変な事って?」 「だ、だからその、キ、キスみたいな事だ。あれは昨日助けてもらったからで、だから……」 「俺の事、意識しちゃった?」 「煩い」  余裕たっぷりの兼貞を見ていると、本当に頭に来る。今日なんて、俺の隣で終始、神妙な顔をしていただけのくせに! というか自分でお祓いが可能なら、やれば良いのにな!  それでも俺だってやはり安眠は大切だと思うので……本日も兼貞のベッドにお邪魔する事にした。不可抗力である。なにせ俺のベッドの下からは、今尚女が覗いているのだから……。  俺が寝台に入ると、横から兼貞が抱きしめてきた。 「暑い! 離せ!」 「ちょっと抱きしめるくらい良いだろう? 腕枕、腕枕」 「良くない!」 「だけどこのベッド、狭いしな」 「……」  俺が黙った瞬間、兼貞が不意打ちのように、また俺の頬にキスをした。俺は眉を吊り上げた。 「だから変な事をするなって言ってるだろ!」 「ごめん、ごめん」  悪びれもなく兼貞が笑った。俺は不貞腐れつつ、静かに双眸を伏せた。  すると疲れきっていたのか、すぐに睡魔が訪れた。  ――翌日。  本日は村の散策だ。カメラマン達が廃墟を撮影しに行くという間、俺と兼貞は二人で(……)不穏な場所を確認する作業を任せられた。こちらも本当にまずい場所は避けて撮影する予定なのである。  朽ちた木造の小屋を一瞥しながら、俺は坂を下る。元々は家畜が飼われていたらしい。動物霊の気配が濃い。多分何体も、餓死している。あまりにも空気が禍々しくて、俺は目眩がした。口元を押さえながら、兼貞を見る。 「兼貞さん」 「んー? 遥斗で良いよ?」 「……兼貞」 「まぁそれも呼び捨てといえばそうだな」 「お前、具合悪くなったりしないのか? 俺は視ているだけで気分が悪い」  どうせ二人なのだからと、俺は上辺を捨てた。すると兼貞が、腕を組んだ。 「一応、色々対策してから来てるから」 「それは俺だって一緒だ」 「なんだろうなぁ。実力の違いかな?」  兼貞の声に、俺は顔を歪めた。キャリアだけでなく、こちらの方面でまで敗北するとは思ってもいなかったのだ。この空気の中で平気だとするならば、兼貞の腕前――少なくとも準備をしたのだろう兼貞の周囲は、俺より有能な可能性が非常に高い。兼貞にも、俺にとっての紬のような存在がいるのだろうか?  その後、あんまりにもこの場所は危険なので、日没までの間に撮影は終わりとするよう進言し、この日のロケを終えた。あとは帰るだけだ。今夜を乗り越えれば、船が迎えに来てくれる。俺はシャワーを浴びながら、ホッと一息ついた。 「今日こそは、変な事をするなよ」  その夜も、俺は兼貞のベッドにお邪魔する事にした……。 「俺としては、今日こそ最後だし、もっと絆が欲しいなぁ」 「は?」 「――まぁ、気を取るのは、さ。相手の中に、こちらへの愛情が無いと効果が薄いから、俺は強制奪取も可能だけど……今回はキスで満足しとく」 「次回なんかないし、キスもするな」  断言してから俺は布団をかぶった。そんな俺の腹部に腕を回している兼貞は、変態趣味でもあるんじゃないかと疑いそうになる。陰陽道の関連だとしても、抵抗なくあっさりと男にキスをするというのが、俺には信じられなかった。  このようにして――翌日には、無事に迎えに来た船に乗り、俺達は帰還したのだった。

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