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第8話 プライベートで親しくなる予定はゼロなのに!

「――はい。という事で、砕果島の廃ホテルでした」  俺と兼貞がMCを務める心霊番組の撮影が始まった。三十分ほどの番組なので、一回につき、ロケは一回程度らしい。基本的にはゲスト芸能人が周り、俺と兼貞は解説や反応する事がメインなのだが、初回は先日のロケが放送されるので、砕果島について本日は収録している。  まとめた兼貞の言葉に、俺は天使のような笑顔を浮かべた。俺は除霊担当のような扱いである。本当に不服だ。だからなのかMCとしての台詞は、兼貞の方が多い。 「お疲れ」  撮影が終了すると、兼貞に肩を叩かれた。気安く触るなと思う。しかしここには兼貞以外も大勢いるので、俺は天使のような笑顔を浮かべるしかない。 「お疲れ様です」 「今日の撮影はこれで終わり?」  どうせ俺には、そんなに大量の収録はありませんよ! いちいちイラっとさせる奴である。現在、午後六時。 「ええ」 「俺も終わり。今日は早いんだ」  そりゃあようございましたね! 忙しくて何よりだな! わざわざ『今日は』なんて言わなくてもいいだろうが! 笑顔のままで、俺は内心ささくれ立っていた。 「今日こそ食事行かないか? 前々から行こうって言ってただろう?」 「――え?」  俺は続いて響いた言葉に、思わず素の声を出してしまった。確かに兼貞は前々から俺に対して何故か「食事」と繰り返してきたが、約束した記憶などない。絶対にプライベートでまで一緒に過ごしたくない。 「あら、そうだったの! 親睦を深めるにも良いわね。送るわよ!」  すると相坂さんが嬉しそうな声を上げた。おい。俺は行くなんて言ってないぞ……。大体キス魔と深めたい親睦など無い。 「よろしくお願いします」  兼貞が相坂さんに対して微笑した。相坂さんはにこやかだ。おいおいおい。 「兼貞くんよ、明日は久しぶりのオフだし、楽しんでくるのは良いが、あんまりハメを外して撮られるなよ」  そこへ兼貞のマネージャーの遠寺さんが声を挟んだ。止めてくれよ……。だが周囲を見回すとスタッフさん達の多くが、こちらを微笑ましそうに見守っている。どうやら共演NGの話は皆が知っているらしく、当初は俺と兼貞が険悪だったらどうしようかと悩んでいたらしい。俺としては険悪なんだよ! みんなの前で出さないだけだ!  しかしそのまま流れで、俺は兼貞と共に食事に行く事に決まってしまった。何故だ……。相坂さんに送られて、俺と兼貞は、収録したビルからほど近い創作居酒屋へ向かう事となった。全室個室である。 「何飲む?」 「兼貞さんは?」 「口調、いつも通りで良いよ」 「……これが、俺の『いつも』です」 「またまたぁ」 「……兼貞」 「そう、そう、それそれ。俺、絆に名前呼ばれるとキュンとする」 「黙れ。気持ち悪いな!」  何か。コイツはドMなのか? 「俺は生絞りキウイサワー。で、絆は?」 「チャイナブルー」 「了解。何か食べたいものはあるか?」 「豆腐」 「揚げ出し? やっこ?」 「どちらでも良い」 「じゃあ豆腐サラダにしよう。他は適当に頼むぞ」  兼貞が店員呼び出しボタンを押した。  ……。  俺と違って飲みなれているのかもしれないが、注文の頼み方だったり俺への聞き方だったりが、とても手馴れていてサクサクと進んでいく。 「乾杯」 「……乾杯」  すぐに酒が届いたので、俺はグラスを合わせた。普段は一縷の望みにかけて成長期は終わっているが牛乳ばかり飲んでいる俺としては、アルコールは久方ぶりである。我が家は祖父は酒が好きだし、接待では縲も飲んでくるらしいが、基本的に縲も家では飲まない。  縲というのは、俺と紬の父親である(多分)――実子だったら十三歳で俺と紬を設けた事になる若作りの三十四歳なので、俺と紬は呼び捨てで呼んでいる。なお、俺と紬の顔面造形は、縲譲りだ。だから俺は多分、本当の父親なのだろうなと考えている。まぁ血縁関係は実際にはどちらでも良い。どうであっても縲は俺の父親だ。 「このご時世に、心霊番組っていうのも珍しいよな」  兼貞が雑談を振ってきた。それは俺も同様の事を思うので、頷いておく。 「だけど絆とMCが出来て、俺は嬉しいよ」 「へぇ」 「絆も俺と一緒で嬉しいだろ?」 「別に」 「――視聴率的に」 「煩い」 「……絆にとって、俺って無価値?」 「は?」  何を言いたいのだ、コイツは。俺はチャイナブルーを飲みながら、目を据わらせた。すると兼貞が寂しそうな顔をした。 「俺としては、絆と仲良くなりたいし、絆の中で特別になりたいんだけどな」 「特別? 安心しろ。特別にライバル視はしている」 「ライバルかぁ。対立方向で特別でもなぁ……」  そんなやりとりをしている間に、料理が全て届いた。兼貞は串焼きの盛り合わせから竹串を箸で外しつつ、嘆息している。俺は豆腐サラダを見ていた。俺もなにかして取り分けるべきなのかもしれないが、家では全て玲瓏院一門の関係者がやってくれるし、数少ない業界飲みでも相坂さんが取り分けてくれるから俺は酒を注ぎに回るだけだし、やり方が分からない。 「はい、どうぞ」 「悪いな。兼貞も食べてくれ」  というか別に気を使わず食べれば良いのに。この兼貞のマメさというか恭しさは、男の子を口説き落とそうとしている時の女という雰囲気だ。俺にはないものである。  俺はこれでもモテる上、玲瓏院家次期後継者として一目置かれていた紬とは異なり、高等部の頃までは合コンに高頻度で呼ばれた。俺の方が、紬より近寄りやすかったらしい――無論、それは俺の外面が天使だからであるが。今頃、あいつらは何してるんだろうな。俺に話しかけてきた多くは、霊泉に持ち上がり進学したから、紬の同窓のはずだ。 「絆は素の方が良いな」 「言うなよ、他の人に」 「何を?」 「その……俺が猫をかぶってるって」 「あーね。俺だけが知ってれば良いというか、その方が親しみを感じるから言わないよ」  なんだそれは。俺は疲れてきて、グイとチャイナブルーを飲み込んだ。意外と美味い。 「俺さ、ずっと絆の事ばっかり考えてるんだ」 「は?」 「あんまりにも、美味しかったから」 「だから、は?」 「絆の『気』――日常的に欲しいなぁって」 「兼貞……お前、自分がおかしいって思わないのか?」 「全然」  頭痛がするというのは、この事だろう。  俺は二杯目を注文する事に決めた。

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