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第9話 どうして俺が……。
その後も俺は兼貞の戯言に付き合い続けた。酒が回るに連れて兼貞は露骨になってきた。
「お願い、絆! キスさせて」
「巫山戯るな!」
「絆がいないと、俺の体はもうダメなんだ!」
「語弊のある言い方をするな!」
あの兼貞が、こんな中身だと知ったら、世間の女性ファンは壊滅すると俺は思う。いっそそうなれば良いのに。ただし俺に絡むのは御免こうむる。
「まずい酔ってきた……」
「全くだ。そろそろ帰ろう」
俺が言うと、兼貞がじっと俺を見た。
「タクシー呼ぼう」
「そうか。じゃあ、俺は家の車を呼ぶ」
「待って。俺、立てそうにもないかも」
「は?」
「絆、送って」
冗談がきつい。なんで俺が兼貞を送らなければならないというのか……!
「……」
しかしここに置いて帰って、もしもコイツがこの後失態を犯して、撮られて、そうなったら――心霊番組とはいえ、貴重な仕事が潰れてしまうかも知れない……。
「分かった、俺の家の車で――」
「んー? いやもうタクシー呼んじゃった。タクシーで送ってくれ」
「……酔っぱらいが」
俺は舌打ちしそうになったが、天使らしくないので堪えた。兼貞の前では最早猫をかぶる必要はないのだが、俺は顔をしかめるだけにした。我ながら偉いと思う。
兼貞は使い物にならないので、会計は俺が済ませた。尤も、兼貞が奢ると言って聞かなかった為、伝票と処理だけ俺がし、ご馳走になってしまったが。酔っぱらいの介抱もするのだから、少しくらい良いだろう。
タクシーに二人で乗り込み、走り出す中で、俺は溜息をついた。運転手さんは幸いこちらを見ていない。兼貞は俺の肩を機嫌良く抱いている。触るなという話だ。
その後到着したのは、都内の高級マンションだった。
……俺一人の稼ぎだったら、絶対家賃が厳しいと思える家だ。実家の援助があれば余裕で住めるようにも思うが、それは俺のプライドが許さない。俺は一人暮らしをする時は、己の稼ぎで頑張りたいのだ。
兼貞を抱えてエントランスホールに入る。幸い酔っ払いつつも兼貞はカードキーをぶらぶらとぶら下げていたので、それを用いて、兼貞の部屋を目指した。コンシェルジュさんは存在しない作りのようだ。
さてそのマンションの最上階――そこに兼貞の家があった。
「ついたぞ!」
「んー、水」
兼貞の靴を脱がせて巨大なソファまで支えていくと、水を要求された。全く、なんで俺がこんなことを! そうは思いつつ、哀れなので、俺はキッチンへと向かった。グラスは直ぐに見つかったので、冷蔵庫を開ける。ミネラルウォーターのペットボトルがあったので、そこから冷たい水を注いだ。
「ほら!」
リビングに引き返してグラスを渡すと、兼貞がそれを受け取った。だが、飲むでもなくサイドテーブルにグラスを置く。そして、再度手を伸ばすと、俺の手首を握った。
「なんだよ?」
「――絆って、お馬鹿さんだな」
「は?」
ここまでしてやっている俺に、なんという言い草だ。俺が睨んだ時――兼貞が俺の手を強く引いた。
「うわ」
不意な事だった為、よろけた俺は、そのまま兼貞に抱きとめられた。
「酔いすぎだろ!」
「残念だけど、あの程度じゃ俺は酔わないなぁ。絆をここに呼ぶ口実」
「な!?」
「キスさせて」
「巫山戯るな!」
慌てて抵抗しようとした俺を、兼貞が強く抱きしめた。呆気にとられて唇を開けると、その瞬間、チュっと触れるだけのキスをされ、俺は硬直した。思わず目を見開く。
「その顔、良いな。真っ赤」
「なっ、よ、酔ってるだけだ!」
「そうなの?」
「と、とにかく離せ、馬鹿!」
「食べさせてくれるなら良いよ」
「食べるって……」
「絆の気が欲しいんだ」
兼貞はそう言うと、俺の顔に唇を近づけた。本当に忌々しいほどに整っている顔で、じっと俺を見ている。あんまりにもその視線が力強くて、俺は一瞬動けなくなった。するとその隙を狙うかのように、兼貞が俺に唇を重ねてきた。
「ン」
先程とは異なる、深い口付けが降ってきた。思わず薄らと俺が唇を開けると、兼貞の舌が入り込んでくる。俺の舌を追い詰めると、絡めとり、強く吸った。そうされた途端、俺の体の奥がジンとした。な、なんだこれは……!
「ぁ、ちょ……ん!」
一度角度が変わったので俺は拒否しようとしたが、すぐに再び唇を塞がれる。歯列をなぞられ、口腔を嬲られる。その内に、俺の体から力が抜け始めた。全身がフワフワする。
「あ、あ、離せ……!」
「目、潤んでる」
「お前のせいだろうが!」
「感じた?」
俺は弛緩した体で、兼貞の上から動けない。感じたか否かと言われたら、認めたくないが、多分巧かった……が、これは違う。砕果島の時と同じように、俺の体からカクンと力が抜けてしまったのだ。あの時との違いは眠くならない事だけで、全然体に力が入らなくなってしまった。
「俺に何をした?」
「だから気を貰ったんだよ!」
「許可を取れ!」
「ん? 許可を取ったら、貰って良いのか?」
「安心しろ。許可を出す予定が無い」
思わず兼貞を睨むと、喉で笑われた。
「やっぱり絆は、美味いな」
「嬉しくない。離してくれ」
「良いよ」
頷くと兼貞が俺から腕を離した。しかしここで問題が発生した。俺の側に力が入らず、兼貞の上から動けないのである。
「……おい、兼貞」
「何?」
「俺を非常に丁寧な仕草でソファに座らせてくれ」
「それ、お願い?」
「っ……」
「俺としてはずっとこのままでも良いんだけどな」
兼貞が悪いというのに、何故俺がお願いする形になっているというのだ。悔しくなったが動けないので、俺は顎で頷いた。その瞬間――兼貞が俺を反転させて押し倒した。
「な」
後頭部をクッションにぶつけた俺は、兼貞を睨めつけた。
「丁寧にって言っただろうが! それに俺は、座らせろと言ったんだ!」
「――この体勢なのに強気だな。状況、分かってるのか?」
「へ?」
「俺は今、絆を押し倒してるんだけどな」
「!」
その言葉に俺は目を見開いた。確かに言われてみれば、そうなのである。動けない俺の顔の両脇には、兼貞の手がある。そして胸の上には兼貞の重みもある。兼貞は、今度は真剣な顔をして俺を覗き込んでいる。
「もっと絆が欲しいな」
「これ以上何をどうしろと言うんだ? 俺はもう体にも力が入らないし、キスもされたし、何もできない。離せ!」
「絆、ちょっと気持ち良くなりたいとは思わないか?」
「はぁ? 寧ろお前に押し倒されているなんて、気持ち悪い以外の何者でもない!」
「この状況で煽るって、絆は勇者だな。そうされた方が燃えるけどな」
「とにかく退け! 重い!」
「とりあえず、もうちょっと」
「ン!」
再び兼貞がキスをしてきた。今度は必死に俺は唇を引き結ぶ。すると兼貞が、俺の唇の合わせ目を舌でなぞり始めた。唇の表面を舐められる度、体がフワフワする度合いが強くなっていく。
「口開いて」
「……」
「言う事聞かない悪い子には、何するか分からないぞ?」
「子供扱いするな! 同じ歳だろうが! あ」
俺が思わず叫んだ直後、口腔を貪られた。息苦しくなり、必死で口を開けようとすると、ねっとりと舌を絡め取られる。そうされると、どんどん体から力が抜けていった。
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