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第21話 友達、知人、親友、恋心

 たまたま役員会議の日だったので、縲は不在だった。正直、怒られない事というよりも、何も露見しないだろう事を考えて、俺は安堵しながら自室へと戻る事にした。すると廊下を通り過ぎていたら、バシバシとクッションを叩く音が聞こえてきた。嬉しい時、紬はよくやる。  扉が開いていたので弟の部屋をちらりと見ると、何やら幸せそうな顔でスマホを見ていた。その姿を見たら、まるで昨夜の事が夢だったような心地になる。  ――だが、兼貞がいなかったら危なかったのは、間違いがない。  相坂さんからは、『CMのお話はなくなった』という連絡が来ていたが、当然だと思う。事務的な連絡のみで、先に帰った俺を咎める文言は無かった。多分だが、兼貞が上手く話してくれたのだろうと推測するのは易かった。 「……」  自室に戻り、パタンと扉を閉じる。後ろ手で扉に触れながら、俺は俯いた。  不甲斐ないという思いと同時に――ふつふつと怒りが沸いてきた。枕営業……完全に舐められていたのだと思うと、つい唇を噛んでしまう。しかも俺は迂闊にも、何も出来なかった。長々と目を閉じ、俺は頭を振った。 「――いつか、土下座してCMを頼ませてやる」  そのためにも、俺は実力を磨いていくべきだ。もう決して、侮られる事が無いように。  気分を切り替えよう。  目を開け、俺は一人決意し、大きく頷いた。  机に向かい、俺は早速台本を手にとった。次の撮影は、明後日だ。その翌々日、十二月の第二週から、俺と兼貞がW主演をする映画の撮影は、ロケ旅行に変わる。逃げる吸血鬼である役の兼貞が雪山へと向かうのを、どこまでも俺演じる刑事コウキが追いかけていく設定だ。一週間目は、特に兼貞に、クリスマスから年末年始のシーズンにかけての特番の収録予定が詰まっているらしい。俺の場合も……心霊特番の仕事があるのだが、今回に限っては、兼貞とMCをしているため、他局の心霊特番には呼ばれなかった。仕事は減ったようで――地上波で放送されるので、俺としては実績はこちらの方が積める。 「実家が近いって言ってたな。あいつの家は、この辺なのか」  何気なくそんな事を考えた。  ――無意識だった。だが、この日から俺は、兼貞について考える頻度が、確実に増えていった。気づくと、頭に兼貞の顔が浮かんでくるのである。 「……」  なんでだよ。そんな心境と、あんな優しさは卑怯すぎるという思いと、ごちゃまぜの感情が俺を苛んだ。兼貞は俺にとっては、間違いなく好敵手なのだ。なのに、あいつは俺に優しい。こんなんじゃまるで――…… 「友達みたいだろ」  気づくと俺は呟いていた。いつも俺は、紬以外の前では上辺を作っているため、本当の自分を知っていても嫌わず優しくされた経験というのは、実は少ない。無論、天使の笑顔も紛れもなく俺であるから、偽りというわけではないし、自分に友達がいないとは思わないが……兼貞が特別になりそうで怖い。敵のはずなのに。  その後、トークアプリで、本格的に、兼貞には実家に遊びに来ないかと誘われ、俺は承諾した。  さて――三日後。  俺は、撮影で兼貞と顔を合わせた。 「絆、おはよ」  兼貞は、いつも通りだった。車で送ってくれた相坂さんもそれは同じで、やはり先日の事がただの悪夢だったような気分になる。 「おはようございます」 「今日も頑張ろうな」  水間ちゃんの役である『マリア』との場面は、既に撮影を終えているそうで、残っているのは、ほとんどが、俺と兼貞のシーンだ。理由は、他のキャスト達も年末年始は撮影やプライベートで忙しいらしく、日程調整が可能だった俺の部分が、後回しにされたからなのだが……。い、いいや、一応主演の一人としては、撮影数も多いから、それも理由だと考えたい限りである。  なお、この日も兼貞は、何度も台本を無視した。俺は食らいついた。とにかく食らいついた。絶対に負ける事があってはならない。色々な事があったからこそ、俺はより対等であるべくもっともっと頑張らなければならないはずだと、気合いを入れ直した。 「カット。今日も二人共、凄かったね!」  最後の場面を撮り終えた時、そう声をかけられた。演技の最中は、雑念を振り払って集中していた俺は、その言葉で、一気に肩から力が抜けた気がした。 「お疲れ」  なお、本日はこの後、MCを務める心霊特番の、年末年始特別放送の収録が入っている。俺としては多忙な一日だ。歩み寄ってきた兼貞が、俺にスポーツドリンクのペットボトルを渡してくれた。受け取り、俺は笑顔を浮かべた。天使のような――と、心がけたわけではなく、よく見てみるとこうした気遣いも優しいなと改めて思ったら、なんだか好意的な気持ちになってしまったのだ。 「有難うございます」 「なんで敬語?」 「人目」 「もう良いだろ。スタッフさん達だって、俺達が仲良しだって知ってる」 「――そうだな」  俺が小さく吹き出し頷くと、兼貞が虚を突かれたような顔をした。 「……絆が認めてくれるとはな」 「え?」 「いや。何でもない。よし! 次の撮影も気合入れるか」 「当然」  その後俺達は、それぞれの車で、スタジオへと移動した。その車内で、俺は相坂さんと撮影旅行についての簡単な打ち合わせを行う。ほとんどが最終確認だった。 「絆、それが終わったらオフよ。あと少し、頑張りましょうね!」 「はい」 「オフの間は、予定は?」 「その……ロケ地から、兼貞……さんの家が近いそうで、遊びに来ないかと言われていて」 「本当に親しくなったのね。ただ――それは良い事だけれど、ハメは外さないでね? 繰り返すけれど」  相坂さんはそう言いながら笑っていた。  その後スタジオいりし、俺と兼貞はMCを務めた。今回は、ゲストもいる。映画の番宣も兼ねているので、映画のキャスト陣が多い。様々なロケ映像を見ながら、俺は天使の笑顔、兼貞は神妙な顔つきでコメントを述べていった(ほぼ台本通りである)。  無事にその撮影を終え、俺は家の車を呼んで、この日は帰宅した。  するとリビングで紬が、嬉しそうな顔で雑誌を見ていた。俺は牛乳のパックを冷蔵庫から取り出しながら一瞥する。 「どうかしたのか? 顔がとけてるぞ」 「え? あ、あの……そ、その……クリスマスが近いなって思って」 「そうだな。もう大学は休みか?」  何気なく俺が聞くと、紬が頷いた。 「うん」 「どうせ予定もないんだろ?」 「あるよ! 恋び――親友と、ホテルに泊まってくる」 「恋人!? 実ったのか!?」  驚愕して俺は牛乳パックを握りつぶしそうになった。すると紬がハッとしたような顔をしてから、真っ赤になった。なお俺には、非常に気になる言葉があった。 「親友と言い直したのは、どういう事だ?」  紬に、そう何人も親友が出来るとは思えない。だから、先日会った、火朽君という人物を俺は思い出した。完全に、男である。 「――べ、別に。そ、その……どうせ、絆こそ予定ないんでしょう? 今年は一緒にケーキを食べられなくてごめんね」 「失礼な! 俺は撮影旅行に行って、そのまま友だ……知人の家でオフを過ごす!」 「友達? 絆にも業界の友達がやっと出来たの? 事務所の人?」 「別に良いだろ。それに友達じゃない。ただの知人だ――って、待て。話を変えるな。お前まさか、恋人って、この前の……」  紬は嘘が下手だ。俺から見ると、すぐに顔に出る。実際今回も、紬が赤面した。 「……紬、お、お前……こんな事は言いたくないけどな、お前はこの家の跡取りで、将来的にはお嫁さんをもらって、その、な、なんというか……ま、まさかとは思うが、相手の性別は、その……」 「どうして分かったの!?」 「全部顔に出てた!」 「僕、絆以外には、あんまり表情変化が無いって言われるんだけど……――その、性別というか……超越して愛してる」 「惚気を促したわけじゃない! 信頼できる相手なのか!? 俺が確認してやる、すぐに連れて来い!」 「今度紹介するよ……絆には、話そうと思ってたから」  俺は――複雑な気分になった、が、同時にふと思った。以前兼貞も、男同士の恋愛を別に普通であるかのように語り、俺の価値観が古いと述べていた。それが事実だとするならば、現在俺の脳裏には兼貞ばっかり浮かんでくるわけだが、これは、その、まさか……――! そう気づいて、俺は焦った。驚愕して目を見開いた。嫌な汗が浮かんでくる。そんな、絶対違う。俺は認めない。自分が兼貞に恋をしているなんて、絶対に認めない! 「絆?」 「あ……え、ええと」 「応援はしてくれない?」 「いや、お前が幸せで、お前が選んだ道なら、基本的に応援はする……最悪、跡取りは、藍円寺から誰か、斗望とか、ほら……」  俺は思考を無理やり戻した。反対というか、きちんとした相手かどうかは見極めなければならないと思うが、俺は基本的に紬の幸せを壊したいとは思わない。 「絆なら、そう言ってくれると思ってた」 「……――困ったら、俺にすぐに相談しろ。変な奴だったら、俺が殴りに行く」  そんなやりとりをしてから、俺は紬に手伝ってもらって、撮影旅行の荷物をまとめた。

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