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第28話 どこが好きか?

「今日からは、もう私服で良いのか?」 「うん、平気だ」 「――風呂に入りたい」  食後俺が述べると、兼貞が頷いた。 「別の部屋にも案内するから、移動してから入ってくれ」  どうやらここは儀式専用の部屋だったらしい。確かに不可思議な部屋だ。まだ荷物は紐といていなかった為、俺の方の用意はすぐに整ったので、鞄を手に、その後兼貞のあとに従って部屋から出た。  次に案内されたのは、今度こそ客間らしい洋室だった。そちらのソファの上に鞄をおいてから、俺は着替えを手に、浴室へと案内してもらった。兼貞家は広い。歩きながら、不思議と体が軽く感じるから不思議に思っていた。  浴槽に浸かりながら、俺は右手を見る。軽くお湯を掬って、じっと掌を見た。  俺はなんでも、兼貞の式神になったらしいが、朝の衝撃的な耳と尻尾以外の変化は感じないし、既にあれらも消えてしまったから、夢だったと言われても納得できる。  シャワーで神を濡らす時も、何度も頭部を確認したけれど、異変は無かった。  さて、入浴を終えてから、俺はやっと持参した私服に袖を通した。  私服に関して俺は、兼貞に負けないようにと、常に気を配ってきた。けれど思えば、今回の旅に際しては、そこに頭が回らなかった。  ……。  い、いや。何もしなくても俺は、勝っているよな? そうだよな?  入浴後、髪を乾かしながら、俺はじっと自分の顔を見た。うん、勝ってる勝ってる! 「絆、あがった?」 「ああ」  丁度俺が支度を終えた時、兼貞が顔を出した。  そこに現れた何気ない笑顔を見た瞬間、俺は敗北を悟った。  兼貞が格好良く見える……。 「絆?」 「な、なんだ?」 「いや、ぼーっとしてるように見えたから。どうかしたか?」 「なんでもない!」  慌てて俺は首を振った。すると兼貞は笑顔のままで頷き、それから俺を手招きした。  素直についていくと、向かった先はリビングだった。  巨大な暖炉が見える。  昨日まで和室にいたから、本当に違う邸宅のような印象を受けた。  暖炉も、別にそれで室温をあげているわけではなく、オブジェ的な造りだ。外を振り返ってみても、この雪では煙突は上手く機能しないだろうなと考えてしまう。専ら天井のエアコンが、暖房の役割を果たしている。  そんな事を思った後、俺は巨大なもみの木を見た。  電飾や飾りに彩られたクリスマスツリー。そういえば、今日はクリスマスイブだ。  撮影が長引いていてそちらに集中していたから、イベントごとが頭から抜け落ちていた。  元々年始まで兼貞の家にお世話になる予定だったので、クリスマス当日の明日も含めてここにいる予定ではあったが、そういえば俺は何も買って来なかった……。プレゼントの用意など無い。 「座って。とりあえず、何か飲むか? 風呂上がりだし」 「ああ」 「何が飲みたい?」 「牛乳」 「牛乳? 絆って牛乳が好きなのか?」 「あ、いや、なんでも良い。冷たいものがいい」  ついいつもの癖で答えてしまってから、俺は自分が身長を気にしているとは知られたくなかったので、顔を背けた。  それから言われた通りに、ソファに座って待っていると、兼貞が牛乳を持って戻ってきた。使用人や家令さんが運んでくるという事は無かった。  兼貞は対面する席ではなく、俺の横に座る。距離が近い。 「絆、キスして良い?」 「だ、ダメだ」 「……俺の告白に対する返事は聞いても良い?」 「っ」  不意に言われて、俺は牛乳の入るコップを持ったままで固まった。  自然と頬が熱くなってくる。だが、別にのぼせたわけではない。 「俺は絆が好きだよ」 「み、見る目があるな!」 「だろ?」  冗談を必死に返したというのに、向こうは乗ってきた。 「その……だって、今回の映画のロケまで、ろくに接点もなくて……MCも急に決まって……なんで俺を?」 「俺がまだ俳優――以前に、読モになる前にも、会った事あるよ」 「え?」 「覚えてないとは思ってたけどな」 「……? いつだ?」 「撮影を見に行った事があったんだ」 「俺の? どうして?」 「高校の帰り道で撮影してたから、たまたま」 「別に俺のファンだったというわけじゃないんだな! そこは嘘でもファンだったと言っておけよ!」 「そこでファンになったよ。真剣な顔をしてたのに、撮影が終わったらファンに気さくにサインしてたのを見て――まぁ上辺の天使の微笑は神々しかったなぁ」 「上辺……」 「でも俺は、今の、普段の絆の方が好きだけどな」  両頬を持ち上げて、目を細めて兼貞が笑った。その言葉に、俺は照れずにはいられない。 天使の俺より、自分でいうのもなんだが……こんな風に、どちらかといえば俺様な俺を好きって、兼貞は優しい奴だと思う。ありのままの自分が受け入れられたみたいで嬉しい。いや、どちらも俺なのだが……ただ家族をはじめとした身内以外に、こういう姿を見せた経験がほとんど無いから戸惑いもある。  い、いいや! きっと兼貞はドM……ううん、それはないな……。 「絆は、俺の何処が好き?」 「――は? や、え? お、俺がいつ好きだなんて言ったというんだ!」 「その真っ赤な顔で否定するんだ?」  兼貞が楽しげに喉で笑った。余裕たっぷりの奴が憎い。確かに俺は、悔しい事だけど、確実に兼貞の事が……好きになってしまったのだと思う。  どこが好きになったかというなら、それは、そのままの俺の事を嫌わないでいてくれる部分だ。それだけじゃない、助けてくれた時も思ったが、兼貞は優しい。兼貞に優しくされると、胸が疼くようになった俺が確かにいる。だから、困ってしまう。  過去、俺は恋なんてした事が無かった。そのため、どうすれば良いのかさっぱり分からない。だが俺のプライドとして、それを知られたくもない……。 「キスが良かった?」 「ち、違う! 俺は純粋にお前が優し……なんでもない! なんでもないからな!」 「絆、可愛いな……ふぅん。俺、優しい?」 「優しくない!」 「優しくない俺も好き?」 「だ、だから俺は……も、もういいだろう! なんでそういう事ばっかり言うんだ」  言葉に詰まった俺は、視線を彷徨わせる。兎に角話を変えたい。 「絆。ちゃんと言って。俺の事、どう思ってる?」  しかし兼貞は俺を逃してくれないらしい。俺の肩に手をまわして、自分の方へと抱き寄せた。体勢を崩して、俺は慌てた。

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