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第12話 閨の講義

 王宮前に停る馬車を見ながら、俺はツァイアー公爵家の家紋を見た。これまでの多くの場合、俺は馬車に乗り込む時、エスコートをして乗り込んだ。だが、今回に関しては……と、シュトルフを見る。 「どうかしたか?」 「あ、いや」  今後は俺がエスコートされる側になるのだろうか? 先ほどの書類において、俺は婿入りするのではなく、女性の妻相当の伴侶として降嫁すると明記されていた。エスコートされずとも、男同士の場合は、先に乗り込むのはやはり爵位を保持している男性側相当の伴侶となるため、俺は取り急ぎ、シュトルフが馬車に乗るのを待つ事にした。 「クラウス殿下」 「なんだ?」 「乗らないのか?」 「お前こそ」 「――王族より先に乗り込む馬鹿は、ツァイアー公爵家にはいないが?」  シュトルフは呆れたように嘆息している。確かに、同性二人で乗り込む場合は、基本的には爵位順であるのが、このアクアゲート王国だ。俺は軽く頷き、中へと乗り込んだ。広い馬車の中にはテーブルがあって、紅茶が既に用意されている。  ツァイアー公爵家のタウンハウスは、王都内の貴族邸宅が並ぶ通りの高い位置にある。王宮からもそう遠くはない。公爵領地自体は、馬車で片道十日程度の所にあるが、現ツァイアー公爵であるリュゼル叔父上も今なお外務大臣としてほとんど王宮で公務についている為、シュトルフやクリスティーナもほとんどをこの王都で過ごし、育ってきたと俺は知っている。 「お前が十一歳の時、俺が十三歳の時からだ。元々それに至る前も、お前が五歳の時、俺が八歳のあの日も……その」 「ん?」  馬車の扉が閉まった直後、シュトルフがそう述べた。 「何がだ?」 「……記憶力をどこに取り落としてきたんだ?」 「は?」 「もう良い……」  シュトルフが肩を落とした。俺は何の話か分からないので、茶器に手を伸ばしながら首を傾げる。俺が十一で、シュトルフが十三歳……? 俺達は学年で言うと三つ違うわけであるが、俺は夏、シュトルフは冬の生まれなので計算上は二歳差となる。 「それにしてもクラウス。優しくされたいというのは……一体どういう意味だ? お前の心が俺に無いのは分かっている」 「意味? そのままだ。これから俺達は伴侶となるんだから、分かるだろう?」  俺は思わずぼやいた。脳裏をぐるぐると、断罪される姿が過ぎる。これから一生、ビクビクとシュトルフに怯えて生活するなんてゴメンだ。 「っ、ぐは、げほ」  俺同様カップを傾けていたシュトルフが、盛大に咽せた。その顔は赤い。真っ赤だ。 「お、お前、本気で言っているのか?」 「当然だ」 「寝室に関しては、取り急ぎは別でと考えていた」 「寝室? 俺はツァイアー公爵家の間取りを覚えていないが、部屋は特に気にしないぞ。ご令嬢相手のように、南向きの部屋などと気を遣ってくれなくて良い」 「そ、そういう事ではなく……――王家の閨の講義は、基本的に同性は知識のみ、異性の抱き方を学ぶと聞き及んでいるし、それは基本的に男子貴族はほとんど同じだが?」 「ね、閨!?」  急に話が変わったように俺には思えて、思わず目を見開いた。閨、だと!?  ――正直俺は、童貞ではない。高位貴族の未亡人が、俺の閨の講義の担当だった。だが、確かにシュトルフが言う通りで、同性愛の性行為の知識は、座学だった。使う予定も無かった。  ……男同士の場合、ぶら下がっているブツが、後ろの孔に挿るのだと習った。  そのために、受身側の男は、基本的に準備をしておくらしい。祖父の後宮時代には、男の側妃様もいたという話で、なんでも、香油で丹念にほぐすそうだ。時には侍従の手を借りるなどして。え。ダラダラと冷や汗が浮かんできた。そうか、結婚したら、そうか……。 「シュトルフ……お、俺は!」 「……」 「俺はというか、お前、そ、その……俺に準備をしておけと言っているのか?」 「そういうわけでは――」 「嫌だ!」  俺は思わず叫んだ。するとシュトルフが片目だけを細くした。ま、まずい、怒らせたら断罪だ。何か上手い言い訳を考えなければ……! 回れ、俺の頭! 「俺は、シュトルフ以外の人に触られるなんて嫌なんだ! だから事前に拡張したりといった準備はできない!」 「ぶっは」  俺が大きな声で宣言すると、シュトルフが盛大に吹いた。 「お、お、俺以外に触られたくないだと……?」 「そうだ! シュトルフ以外嫌だ! だから結婚までの三ヶ月の間に、侍従と閨の練習なんて出来ない!」  とりあえず、現在回避出来れば良い。先の事はあとで考えよう。 「クラウス……それは、俺には触られても良いという事か?」 「ん?」 「……そう受け取るからな。都合良く取らせてもらうぞ」 「え?」 「別段準備は必要ない。俺がじっくりと教え、開いてやる――無理強いするつもりは無かったし、今も無いが。まずは公的にクラウスを手に入れられればそれで良いと俺は思って……だから寝室も別と……いつか気持ちが定まったならばと……だが、煽ったのはお前だ」 「?」  シュトルフがブツブツと呟きながら俺を見ている。その真っ赤な両頬を見て、俺は派手に首を捻った。じっくりとシュトルフの言葉の意味を考えてみる。怒らせるような事は特に言っていないよな? 断罪は回避出来ているよな? 「昼食中には、俺達二人の新しい寝室を整えさせる」 「うん?」 「そこで存分に俺の優しさを発揮してやる」  シュトルフはそう述べると、大きく吐息してから、改めてカップを手に取った。  素直に首を捻りつつ、俺はどうやら王宮にいる間に、閨の再講義などは受けなくてよくなったらしい事だけを意識に浮かべていた。

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