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第33話 既視感
食後は、ここに来て初めて、今後の自分の部屋へと足を踏み入れた。寝室のある部屋の隣に存在していて、内扉もある。元々は、客間だった一室に手を入れたらしい。
書庫への立ち入りの許可も貰っているので、先ほどシュトルフに連れて行ってもらい、俺は何冊かの資料をひっそりと手に取ってきた。シュトルフは自分の書斎で仕事をするらしい。
久しぶりに一人きりになった俺は、ソファに座って、本を開いた。ツァイアー公爵領地の歴史について記されている。王宮で読んだ書物よりも、もっと土地について詳細に記されている資料だ。
昼食までの間、俺はそれを読みふけり、そうして仕事を一区切りしたらしいシュトルフと食事の席で合流した。
「午後は、城を案内させてくれ」
「ああ。仕事は大丈夫なのか?」
「片付け終えた」
シュトルフがさらりと述べたので、俺は頷いた。
こうして昼食を楽しんでから、俺達は城内を見て回った。一階から一つ一つ案内してもらい、既に位置を知っていた浴室や寝室、自分の部屋やシュトルフの書斎の位置も改めて確認し、各地に飾られている油絵や彫像を楽しんだ。そうして階段を上がって行き、俺はふと思いついた。
「シュトルフ、ここより上は、それぞれの塔だろう?」
「ああ」
「昔肝試しをした事を覚えているか?」
俺が尋ねると、虚を突かれたような顔をしてから、不意にシュトルフが破顔した。
「覚えている。クラウスが泣きそうだった」
「な……そ、そこは忘れてくれ」
思わず顔を背けてから、俺は気を取り直す。
「あの塔に行ってみたい」
「そうするか。こちらだ」
そう言うと、シュトルフが当時のように、実に何気なく俺の手を握った。もう子供ではないからお化けに対する恐怖は無いが、シュトルフの体温が好きなので良いと思う事にする。
細い階段を登っていくと、次第に見覚えがあるように感じ始めた。到着した塔の一番上の部屋の扉は、重々しい鉄の扉だ。
「ここだ」
「確かすすり泣く女の幽霊が出るんだよな?」
「――と、お祖父様に俺は聞いていたが、実際には違うようだな」
シュトルフが扉を開ける。どういう事だろうかと考えながら、中を見た。
そこには当時と同じように、魔法陣が刻まれている床、鉄の手錠と鎖がある。
……ん?
俺はその時、強烈な既視感に襲われた。
「俺達の曽祖父となる前々国王陛下は、一時期、前国王陛下にこの城を渡す前、ここに不貞を働いた寵姫を幽閉していたらしい。手錠で繋いで。噂の元となったのは、その寵姫の声だという話がある」
――!!
幽閉……!
そ、そうだ。それだ。この部屋への既視感は、幼き日に目にしたからではない。
俺の脳裏に前世の記憶が蘇った。この間取り、鎖、それらは、ざまぁ系小説のコミカライズで、クラウス(俺)が幽閉されていた部屋の一瞬だけ見えた間取りにそっくりではないか。漫画では一コマで流されたが、どう考えてもそっくりだ。見覚えしかない。
俺の顔がさぁっと青褪めた自信がある。
断罪されていたら、俺はここに幽閉されていたのだろうか……? え?
「俺だってクラウスが不貞を働いたらそうするかもしれないな」
シュトルフが吹き出すように言った。だが俺は戦々恐々としていた。シュトルフを怒らせたら、俺はここに幽閉コースか!? 最悪だ!
「しない。絶対しない。断じてしない」
「信じていないわけじゃないんだ」
「しないからな!?」
「分かった。ただ、もしそういう日が来たら、俺は自分を抑えられなくなりそうで怖いという話だ。それくらい、クラウスを愛していると言いたいだけだ」
シュトルフは苦笑すると、俺を見た。必死に俺は、何度も頷く。そして繋いでいる手に力を込めた。
「そろそろ戻ろう。とにかく、ここに幽霊はいない」
「そ、そうだな。ただ、二度と来たくないな」
俺は大きく頷いた。
動悸が酷い。
そのまま俺はシュトルフと共に、階下へと戻った。向かった先は、寝室だ。寝室の扉は、開けてすぐの場所には応接用のソファとテーブルがあるので、日中の俺達二人の居室も兼ねる事になっている。中には入り、執事達にお茶を用意してもらったのだが、その間も、終始俺の胸は騒いでいた。
――翌日。
朝食後、俺はシュトルフと共に、馬車に乗った。
視察の一日目の始まりだ。幽閉場所を見てしまった衝撃で昨日は結局、あまりよく眠れなかったが、気を引き締めていこう。
本日は領地の一際大きな街の視察がある。
馬車はまず、博物館へと向かった。そこで、シュトルフと俺は、領地ゆかりの品を色々と見学した。昼食まではそうして過ごし、昼食は街の商人達との会食となった。午後には、他の領民との触れ合いもあった。
昼食時にはいつも王都で見かけていたような、卒のないシュトルフの顔を久しぶりに見る事となったが、午後は少し意外だった。子供達が歩み寄れば、シュトルフが柔らかな笑顔を浮かべたからだ。領民達にもシュトルフに対して怯えた様子はない。
「シュトルフ様、これは、今年取れたアスパラなんですよ!」
農民が穏やかに差し入れをしてくれれば、笑顔でシュトルフはそれを受け取り、配下の者に渡していた。
人望があるのが分かる。俺にとっては、意外というか……シュトルフの新たな一面を見た気分だった。ここにも冷酷さは見えない。
そんなシュトルフの隣に並んで立っていると、俺にも領民達は笑顔を向けてくれた。
そうした触れ合いの中で、少しだけ昨日受けた衝撃が収まった。
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