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閑話 愛しさと悔しさと

ぐるぐると腹の中を渦巻いている感情を消化できずに、飲み物買ってくると言って部屋を抜け出した。 そのまま葬儀場の外へ出てコンビニへ行くふりをして、誰もいない駐車場で立ち止まる。 無意識に漏れたため息は、深夜の静寂に消えていった。 つい一時間ほど前の光景が頭から離れない。晃自身はようやく落ち着いて、大丈夫だよと弱々しくも笑みを見せるようになっていたけど、俺の中の感情は大きくなるばかりだった。 「くそっ、」 思いっきり拳を塀に叩きつける。 拳から痛みがじくじくと全身に広がっていく。 それでも、渦巻くものは消えてはくれない。 こんな痛みじゃなかったはずだ。あいつは、あいつの痛みは、 悔しさに、さらにきつく拳を握りしめる。 「くそっ!」 「っ、駄目っ!!」 血が滲むほどにきつく握りしめた拳は、けれど振り下ろされる前に強い力で掴まれた。 いつの間にそこに居たんだろう。頭に血が上りすぎて気づけなかった。 「駄目っ、絶対に駄目だよ!」 飛鳥は背後から掴んでいた俺の手を両の手でぎゅっと包み、祈るように自らの額に当てる。 「そんな事したって、誰も喜ばないよっ、」 泣きそうな声で言われれば、振り上げた拳は脱力するしかない。 だけど、胸の内で暴れ回っている感情は、少しもおさまらなかった。 「……なんでついてきた。」 「一人になりたかったんだろうなと思ったけど、でも、色が心配で。」 ごめんなさいと俯く飛鳥を気遣ってやる余裕すらなかった。掴まれていた手を乱雑に振り払う。 「辛いのは俺じゃねぇだろ。」 ずっと、ずっと苦しんでいたのは晃だ。 「俺が、気づいてやらなきゃいけなかったんだ。……手掛かりはいくらでもあったはずなんだ。」 家が向かいの幼なじみ。あいつが引っ越す中学二年の途中まで、ほとんど毎日のように顔を合わせていたのに気づいてやれなかったなんて。 「あいつが苦しんでる時に、俺は何も知らず、何も気づかずのんきに過ごしてたんだぞ!……許せねぇんだよっ、」 自分自身を、許せない。 激しい怒りと、悔しさと。 全ては起こってしまった事で、過去はどうする事もできない。抱いた感情は出口がなく、握った拳をぶつける場所すらない。 辛いのは晃だとわかっているのに。俺が苦しんだところで誰も救われないのに。 あいつ自身は気持ちを落ち着け立ち上がろうとしているのに、そうできない自分に腹が立つ。 けれど飛鳥は、違うよと首を横に振り俺に優しく微笑んだ。 「……色が何も知らなかった事が、晃にとっては救いだったんじゃないかな。」 するりと伸びてきた手が、俺を優しく抱き寄せる。 「大好きな人に哀れみの目で見られるのは、とても辛い事だと思うから。」 「けど、」 「晃が笑っていられる場所を作っていたのは、色だと思うよ。」 大丈夫だって、優しく背を撫ぜられながら耳元で響く優しい声。 爆ぜることも出来ずに身体の内で燻っていた感情が、一筋瞳からこぼれ落ちた。 情けない自分の顔を見られたくなくて、飛鳥の肩口に顔を埋める。 「気づけなかったのは僕だって同じだよ。……一緒に考えよう?今の僕達にできる事。」 返事の代わりに飛鳥の背に手を伸ばし、きつく抱き寄せた。飛鳥も俺の肩口にそっと顔を埋める。 互いに小さく震えていた事には気付かないふりをして、俺達は少しの間ただ黙って互いの体温を感じていた。

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